【社会保険労務士】
「 社労士試験の平等性は、素晴らしい。 」



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こんにちは。今日は6月2日。昨年の9月16日のこのブログで取り上げた、将棋の藤井聡太四段の快進撃が止まりません。6月1日時点で、デビュー以来19連勝。昨年9月の時点で、藤井四段に触れていたマスコミは、ほとんどなく、我ながら先見の明があるなあとほくそ笑んだりしています。

さて今日、6月2日に藤井四段は20連勝をかけた対局(棋王戦の予選)をしています。今日の対戦相手の澤田六段は強いので、そろそろ藤井四段の連勝は止まるのでは?と予想したりしています。(今日、勝てば本物と言えます。)今までの対戦相手は、相撲の番付で言うと、十両力士や前頭の下位の力士だったのですが、今日の相手は前頭の上位の力士と言うことができます。

藤井四段の活躍の中でも特筆すべきは「竜王戦」の予選第6組のトーナメントを優勝したことです。賞金90万円を獲得。竜王戦本戦の決勝トーナメント入りを決めました。
現在プロ棋士は、約160名。その中で決勝トーナメントに入れるのは、わずかに11名です。その11名の中に藤井四段が入ったのは、驚くべきことです。
仮にこのまま勝ち進むと、10月から始まる「竜王戦七番勝負」に出場することも可能であり、万が一、渡辺竜王に勝ち、竜王を獲得すると賞金4,300万円を獲得することができるのです。

とても「夢」のある話でわくわくします。中には、我が子を藤井四段のようにしたいと、子どもを将棋教室に通わせる親も出てきていると報道されていますが、プロ棋士になるのは、東大入学よりも難しいので、現実的に言えば、超天才でなければプロ棋士にはなれません。(東大入学者は、1年間で3,000人ですが、プロ棋士は、わずか4名です)

と、ここまで藤井四段の凄さを書いてきましたが、将棋のルールを知らない人は、何が凄いのかイメージできないことですね。羽生三冠の「羽生マジック」もルールが分からない人にとっては、興味も起きないことでしょう。

しかし、なぜ、将棋が強いだけで、4,300万円もの賞金が出ると思いますか?

それは、将棋は、運の要素がないゲームだからです。運の要素がないので、実力のあるものだけが勝ち進みます。実に明瞭な世界なのです。権力者に気を遣うとか、忖度するとかいう世界とは、正反対の世界なのです。だからこそ、すべての人が藤井四段の快進撃や羽生三冠の羽生マジックに対して心からの拍手を送るのだと思います。
(ちなみに、麻雀やトランプは、最初の手配のときに、良いカードが来れば、素人でも勝てます。)

翻って、社労士試験も将棋に似ています。誰でも、原則として、平等に挑戦することができ、一定の成績を残せば、合格を勝ち取ることができます。択一式でいうと、70点満点で50点以上を取るのは、まぐれでは取れません。それだけの実力がある人しか取れない点数です。難しいですが、その分、合格したときの喜びは何物にも変え難いものがあります。

今日、紹介したい条文は、労働基準法第3条です。

『 使用者は、労働者の国籍、信条又は社会的身分を理由として、賃金、労働時間その他の労働条件について、差別的取扱をしてはならない。 』

この条文は、労働基準法の根幹を成すものであり、とても崇高なものだと思います。労働基準法の解釈本によりますと、この第3条は、日本国憲法第14条第1項に規定する「法の下の平等」の理念に則り、労働者の国籍、信条、社会的身分といった、労働と直接関係のない事柄による差別待遇を禁止しているものです。

ちなみに「信条」というのは、特定の宗教的信念や政治的信念のことです。つまり、使用者は、各労働者が信用する宗教や政治的信念を理由として、差別的取扱いをしてはいけませんよ、という意味なのです。
ただし、この条文には深い意味・解釈があって、ある事件で最高裁まで争ったことがあります。

時は昭和38年。ある大企業に入社した新入社員が、大学生当時、学生運動をしていて特定の信条を有していたことを隠して入社したとして、試用期間後に本採用されないという事件が起きました。

当然、労働者は、労働基準法第3条違反だとして、裁判で争いましたが、昭和48年の最高裁判決において、

「労働基準法第3条は、雇入れ後における労働条件についての制限であって、雇入れそのものを制約する規定ではない。」という判決が出たのです。

極めて極めてひらたく言うと、雇う段階においては、(雇うか、雇わないかを)信条を理由に雇わないことも許されるという意味になります。

これには後日談があり、実際にはこの学生は、この企業に採用され、最終的には、子会社の社長にまで出世したというお話が残っています。


つづく。