【司法書士】
今年の本試験~出題された判例・先例①


司法書士齋藤・荒井共同事務所
所長 司法書士 齋藤隆行


 早いもので,今年も9月になりました。まだまだ暑い日が続きますが,太陽の光も真夏の勢いがないように感じられます。筆記試験については,問題の正誤,基準点等が法務省のHPで公表されています。合格発表を控えて,特に合格圏内の方は何かと落ち着かないかと思いますが,そういうときは,口述試験の勉強をされてみてはいかがでしょうか。合格すれば,すぐに役に立ちますし,残念ながら,合格に至らなくてもここで学んだことはこれからの受験生生活において決して無駄にはなりません。
 今回から,今年の本試験で出題された判例・先例を紹介して参ります。お忙しい方は,判例・先例の要旨部分だけでもお目通しいただければと存じます。
 なお,本コーナーは司法書士試験用ですので,事案は判例の趣旨を損なわない程度に適宜省略・簡略化して紹介しておりますので,その点をお含みおきください。

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【民法・平29-6ア】(最判昭41.4.20)
 債務者が,自己の負担する債務について時効が完成したのちに,債権者に対し債務の承認をした以上,時効完成の事実を知らなかったときでも,以後その債務についてその完成した消滅時効の援用をすることは許されないものと解するのが相当である。

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 本判例の事案は,次のとおりです。①XがYから金銭を借り受け,Yの要求によりその金銭の貸借につき公正証書を作成していた,②XがYに当該貸金の弁済をしないまま8年が経過したところで,XはYからこの貸金の返還を請求され,手紙で利息・損害金の免除と元本の分割弁済を申し入れた,③しかし,Yはこれを拒否し,公正証書により強制執行を行った,④Xは請求異議の訴えを提起し,この貸金につき,時効(商事債権として5年)により消滅したと主張し,⑤Yは手紙の送付(債務の承認)により時効の利益を放棄したから,時効を援用することはできないと主張したというものです。
 本判例では,債務者は,消滅時効が完成した後に時効完成の事実を知った上で債務の承認をするのはむしろ異例で,知らないで債務の承認をするのが通常であるといえるから,消滅時効完成後に当該債務の承認をした事実から,右承認は時効が完成したことを知りながら右承認をし,右債務についての時効の利益を放棄したものであると推定すること(従来の判例の立場)は経験則に反し,許されないとする一方で,時効の完成後,債務者が債務の承認をすることは,時効の援用と相容れない行為であり,相手方においても債務者が債務を承認した以上,もはや時効の援用をしないものと期待するが通常であるため,債務の承認後に債務者に時効の援用を認めないものと解するのが,信義則に照らし,相当であると判示しています。したがって,債務者が,その債務の時効完成後,債務の承認をした場合には,時効完成の事実を知らなかったときでも,以後,その債務について消滅時効の援用をすることは許されないという結論に至ります。
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【民法・平29-6オ】(最判平10.6.22)
 詐害行為の受益者は,詐害行為取消権を行使する債権者の債権の消滅時効を援用することができる。
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 本判例の事案は,BはAに貸金等の債務を負担していたところ,Bは他の債権者を害することを知りながら,Cとの間でBの所有不動産につき贈与契約を締結し,贈与を登記原因に所有権移転登記(B→C)をした場合において,CがAのBに対する貸金等の債権の消滅時効を援用したというものです。
そこで,詐害行為の受益者であるCが当該時効の利益を援用することができるか否かが問題になります。一般的に,民法145条で定める当事者として消滅時効を援用し得る者は,権利の消滅により直接利益を受ける者に限定されているため(最判平4.3.11),詐害行為の受益者が権利の消滅により直接利益を受ける者に該当するかが争点です。
 判例は,詐害行為の受益者は,詐害行為取消権行使(民法424条)の直接の相手方とされており,当該取消権が行使されると債権者との間で詐害行為が取り消され,同行為によって得ていた利益を失う関係にあり,その反面,詐害行為取消権を行使する債権者の債権が消滅すれば右の利益喪失を免れることができる地位にあるから,右債権者の債権の消滅によって直接利益を受ける者に当たり,右債権について消滅時効を援用することができるものと解するのが相当であると判示しています。つまり,詐害行為の受益者は,詐害行為取消権を行使する債権者の債権の消滅時効を援用することができるという結論に至ります。
 なお,時効の援用についての民法145条,詐害行為取消権の行使の期限についての民法426条は,今般の民法改正の対象条文となっています。
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【不登法・平29-12ア】(先例昭30.10.15-2216)

 既登記不動産につき,共同相続人中の一部の者が,自己の相続分のみについて,相続による所有権移転登記を申請した場合,又は共同相続人全員が,各自己の相続分のみについて個々に別件として,同時に申請をなした場合は,何れの登記の申請も受理されない。

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 例えば,Aが甲区3番及び甲区4番でそれぞれ持分を3分の1ずつ取得し,甲区3番で登記された持分のみを目的とする抵当権設定の登記がされている場合において,Aが死亡し,その相続人であるBが相続を登記原因とするAの持分の移転の登記を申請するには,一の申請情報(A持分全部移転)でしなければなりません(本先例)。
 一般的には,本事例のように持分に第三者の権利に関する登記(抵当権設定,差押え等の処分制限の登記)がなされている持分の移転については,別個の申請情報により各別に登記すべきであるとされています(先例昭37.1.11-2,昭37.1.23-112)
 しかし,登記原因が相続である場合には,このような登記申請をすることはできません。これを認めると,たとえ,一時的にではあるにせよ,登記記録上,被相続人と相続人の共有(死者と共有)となり,実体法上あり得ない権利関係となり,望ましくないからです。一つの不動産に係る相続登記は,あくまでも一つの登記事項によらなければなりません。したがって,相続登記では,登記の目的を「所有権一部移転」,「持分一部移転」とする申請はあり得ないことになります。
 したがって,本事例の場合,たとえ,甲区3番で登記された持分のみを目的とする抵当権の設定の登記がされている場合であっても,Aが死亡したことにより相続を登記原因とするAの持分全部移転の登記を申請するときは,登記の目的を「A持分全部移転」とし,一の申請情報でしなければならないこととなります。
 なお,本事例の登記がなされた結果,Bの持分には,抵当権(第三者の権利)が登記された持分とそうでない持分が混在することとなりますが,抵当権が登記されていない持分のみを処分することは可能です。その場合,申請情報の登記の目的を「持分一部(順位○番から移転した持分)移転」のように提供して,持分一部移転登記を申請することができます(先例平11.7.14-1414)
 余談になりますが,筆者は,敷地権付ではない区分建物(2個)とその土地の持分(1個の登記)につき相続による権利の移転登記を受託したことがあります。そのとき,それぞれの区分建物に対応した土地の持分の登記識別情報の交付を求めるべく(その方が区分建物の1個だけ売買するとき便利だから),当該土地につき,相続を原因とする「A持分一部移転」「A持分全部移転」を連件で申請したところ,登記所から電話があり,「相続に一部移転はありえないよ。」と言われ,この先例を示され,グウの音も出ず,取り下げの止むなきに至ってしまいました(冷汗)。皆さんも気をつけましょう。
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【商登法・平29-28エ】(先例昭28.7.29回答)
 株式会社の定款を本店の所在地を管轄する地方法務局の所属公証人が認証せず,誤って他管内所属の公証人が認証した定款を添付して会社設立登記の申請があった場合,登記申請の受理前であれば,管轄内の公証人の認証を受けた上あらためて申請させるべきものと考える。
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 株式会社の設立登記の申請書に添付する定款は,設立しようとする株式会社の本店の所在地を管轄する法務局または地方法務局に所属する公証人が認証したものでなければなりません(商業登記法47条2項1号,会社法30条1項,公証人法62条の2)。設立しようとする株式会社の本店の所在地以外を管轄する法務局または地方法務局に所属する公証人が認証した定款を添付しても株式会社の設立登記の申請は受理されません。株式会社の定款は,公証人の認証を受けなければ,その効力を生じませんが(会社法30条1項),この認証の事務は,株式会社の本店の所在地を管轄する法務局または地方法務局の所属公証人が取り扱うこととされているからです(公証人法62条の2)。したがって,本先例の事案では,株式会社の設立の登記申請をいったん取下げ,その本店所在地を管轄する法務局または地方法務局に所属する公証人に定款認証をしてもらい,再度,認証された定款を添付して登記を申請することになります。なお,この取下げは「補正のための取下げ」となりますので,あらためて申請人からの取下げのための委任状を添付することを要しません(先例昭29.12.25-2637)。「補正のための取下げ」は,「申請行為の撤回のための取下げ」と異なり,登記申請の代理権の範囲内のものであると考えられるからです。また,取下げによって,登記申請行為はなかったことになりますので,納付した登録免許税や添付書面は原則としてすべて申請人に還付されます(不動産登記規則39条3項前段)。登録免許税を金銭で納付して金融機関の作成に係る領収証書を添付した場合または収入印紙で納付した場合には,再使用証明申出書を提出して,再使用証明の申出をすることができます(登録免許税法31条3項)。