【行政書士】日本国憲法の話
-今だから、もういちど憲法を読み直そう-
22条③


 こんにちは!TAC行政書士講座・講師の小池昌三です。

 最近、メディアを賑わせているのが、自民党の杉田水脈議員の発言です。雑誌への寄稿の中で、行政サービスについて、生産性のないLGBTのカップルに税金を投入するのがいいのかどうか、というものです。
 LGBTとは、Lesbian(レズビアン、女性同性愛者)、Gay(ゲイ、男性同性愛者)、Bisexual(バイセクシュアル、両性愛者)、Transgender(トランスジェンダー、性別越境者)の略で、性的少数者を指します。
 これに対しては、賛否両論ありますが、憲法上の観点からいえば、明らかに憲法原理に反する発言であることが分かります。

 子どもを産まないことを生産性がないとして、国は面倒を見る必要がありますか(税金を使う必要がありますか)という発言の問題点についてみていきましょう。

 結婚するかしないか、こどもを産むか生まないか、それを決定しうるのは本人だけです。これを自己決定権と言います。これは憲法で保障されている人権です。したがいまして、この自分で決めたことに対して、国家が干渉していくことはできませんし、それをもって国が差別することもできません。憲法違反となります。

 憲法では、国家における至上価値は「個人」そのものとされています。その中で、私たち「個人」は、自分自身の生き方を決める権利があります。結婚するかどうか、子供をつくるかどうかも、自分自身の生き方にかかわることですから、それは自分自身で決めます。まさに、自己決定権の一つといえます。これを国家は最大限に尊重しなければなりません。

 世の中には、さまざまな考え方を持っている人がいます。それをすべて肯定することが、すべての国政の出発点となります。国家に都合が良いものだけを肯定し、国家に都合が悪ければ排除する。そんな、個人よりも国家がまず大事という考え方、国家のために国民は動かなければならず、それができなければ不利益な取り扱いをするという考え方は、日本国憲法にはそぐわない考え方です。
 国家は私たちの幸せのためにのみ存在しているのであって、私たちが国家のために存在しているのではないというのが、立憲主義的憲法を抱く国家の根本原理です。

 ですから、この杉田議員の発言は、それを全く無視するものです。「生産性」がなければ、税金を使う必要はない。それはつまり、「子供をうまない人には、不利益な取り扱いをすべき。」ということです。
しかしです。生産性といいますが、それは誰のための生産でしょうか。子供は国のために産むのでしょうか。また、産まないという選択が悪いとするはなぜでしょうか。自分は生みたくないと思っている人が、なかば生むことを強制されることは、果たしてその人にとって幸せでしょうか。また、産みたくても産めない人だっています。

 子どもを産むか生まないかは、その人が考えたその人の幸せの形です。それを、国家にとっては都合が悪いからと排斥することは、決して許されるべきことではありません。

 もし、杉田議員の発言を肯定して(自民党には、これを肯定した幹部議員さんも複数人いたといいます。)、国が国民に対して「生産性」を要求して、生産性がない人に税金を使うのを拒否するならば、今の国会議員さんの中で、生産性の役目を終えた人たちには即刻辞職してもらった方がよいことになりますね。
この発言に、疑問を感じない議員さんがいるとしたなら、その議員さんは、もう一度、日本国憲法を勉強してほしいと思います。

 それでは今回は、22条1項にかかわる、職業選択の自由に関する規制立法の合憲性を判断した判例についてみてみましょう。
まずは、条文の確認から。

【22条】

第1項 何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。


 私たちには、公共の福祉に反しない限り、職業選択の自由があります。
 職業選択の自由を含む、個人の経済活動の自由といっても、絶対かつ無制限の自由を保障する趣旨ではありません。各人が、「公共の福祉に反しない限り」において認められる自由です。公共の福祉の要請に基づき、その自由に制限が加えられることのあることは、憲法22条1項項自体の明示しているとしています(小売市場事件:最判昭47.11.22)。
 職業選択の自由は、精神的自由に比較すると、規制の要請が強いといえます。仕事というのは、そもそも人との関わり合いの中で生まれるものです。人とかかわらない仕事というのはありません。ですから、職業活動を自由にしていいよといって、全面的に許してしまうと、たくさんの人が生活する社会において、安全、安心して暮らせる生活が脅かされる可能性が高いといえます。
 また、福祉国家(国民の福祉のため、社会保障や雇用政策、経済規制政策を進める国家)の理念を実現するためには、国家が政策をもって、積極的に職業に対して規制を加えることが必要とされる場合が少なくないからです。

 そこで、経済的自由においては、
① 人権相互の矛盾・衝突の調整のための内在的制約⇒消極目的規制
② 経済的社会的弱者保護のための②政策的制約⇒積極目的規制
も許されています。

 このように、経済的自由についての規制を、
① 民の生命、健康、安全などを守る消極的・警察的目的の規制
② 弱者救済などの積極的・政策的目的の規制
に分けて、判例が法令について意見判断する場合には、①消極的・警察的目的の規制の合憲性は、②積極的・政策的目的の規制の合憲性に比べて厳しい基準で判断しようとするのが判例です。
(制約が違憲になり易い)
精神的自由 →厳しい基準で判断↑
経済的自由  消極目的による制約 → 緩やかな基準で判断 裁判所の判断
積極目的による制約 → かなり緩やかな基準で判断↓
(制約が合憲になり易い)

実際に、薬局距離制限事件(最大判昭50.4.30)を読んでみましょう。

【事案の概要】
Xは、薬事法に基づいて薬局の営業許可を県知事に申請したが、配置基準の規定に適合しないという理由で不許可処分となったため、薬局開設の距離制限を定めた薬事法の規定は憲法22条1項に違反するとして、不許可処分の取消しを求める訴えを提起した。


【争点1】
消極目的規制に対する合憲性は、どのように判断するか。
【判旨1】
「一般に許可制は、単なる職業活動の内容及び態様に対する規制を超えて、狭義における職業の選択の自由そのものに制約を課するもので、職業の自由に対する強力な制限であるから、その合憲性を肯定しうるためには、原則として、重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置であることを要し、また、それが社会政策ないしは経済政策上の積極的な目的のための措置ではなく、自由な職業活動が社会公共に対してもたらす弊害を防止するための消極的、警察的措置である場合には、許可制に比べて職業の自由に対するよりゆるやかな制限である職業活動の内容および態様に対する規制によっては右の目的を十分に達成することができないと認められることを要する……。」
【争点2】
薬局開設許可の距離制限規定の立法目的について。
【判旨2】
適正配置規制は、主として国民の生命及び健康に対する危険の防止という消極的、警察的目的のための規制措置であり、そこで考えられている薬局等の過当競争及びその経営の不安定化の防止も、それ自体が目的ではなく、あくまでも不良医薬品の供給の防止のための手段であるにすぎないものと認められる。すなわち、小企業の多い薬局等の経営の保護というような社会政策的ないしは経済政策的目的は右の適正配置規制の意図するところではなく
【争点3】
薬局開設許可の距離制限規定は、憲法22条1項に違反しないか。
【判旨3】
薬局開設の許可基準として距離制限を設けることは、不良医薬品の供給の防止等の目的のために必要かつ合理的な規制を定めたものということができないから、憲法22条1項に違反し、無効である。


この判例は、有名な違憲判決です。
距離制限を設けて、不良医薬品の供給防止のために、薬局の開設の要件として距離制限を薬事法に設けて、薬局の営業の自由に制限をかけていましたが、距離制限を設けても、不良医薬品の供給の防止にはならないため、距離制限を設けて、営業の自由に制限をかけることをしてはいけない。違憲だと判断されました。

次回は、22条2項を読んでいきます。

お楽しみに。

以上





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