【司法試験】社会人合格者ブログ

~司法修習編~


第12話

Dark Blue


みなさん,こんにちは。

私がこの記事を書くのもこれで最後になります。まずはこれを読んでくれたみなさん,1年間お付き合いくださり,ありがとうございました。

この記事では,これまでの修習で感じたことをつらつら書いてみようと思います。


我以外,皆我師

修習では,みなさんが思っている以上にたくさんの人たちと出会います。同じ修習地の同期の修習生,司法研修所の教官たち,実務修習でお世話になる法曹三者の方々,様々なタイプの依頼者,そして刑事事件の被疑者や被告人…… 今までの人生では会うことのなかった,たくさんの人たちと出会うことができます。そして,その人たちは,その言葉と行動で修習生に色々なことを教えてくれます。語弊があるかもしれませんが,刑事事件の被告人,いわゆる犯罪者と呼ばれる人たちですら,修習生にとっては学びの師なのです。

実際,私自身,弁護修習では刑事被告人と呼ばれる人たちに何人も会いました。どの被告人も私と同じ人間であり,ただボタンを掛け違えただけの人たちでした。もちろん,民事事件で過酷なトラブルに巻き込まれた依頼者にも会いました。その人たちも,一生懸命生きている人たちでした。法律知識というものは,まさにそういう人たちを助けるためにあるのだと強く実感しました。

そして,特に実務修習では,弁護士・裁判官・検察官からそれぞれ指導を受けることになりますが,もしその中で尊敬できる人がいたら,その人をじっくり観察してみてください。そして,向上心を奮い立たせてください。私の場合は,それぞれの実務修習で素晴らしい裁判官・検察官にもご指導頂きましたが,弁護修習でお世話になった弁護士の先生が特に素晴らしい御方だったので,ほんの僅かでもいいから,その先生に近づきたいと思うようになりました。

一流を越えた超一流の人間は,みんなを導きます。自ら先頭に立ち,その言葉と生き様で道を照らす。そして,その背中を見た者は思うのです。自分もあんな風になりたいと。

これから修習に行くみなさんは,ぜひ「我以外,皆我師」だと思って,いろんな人に積極的に会ってみて欲しいです。そして,尊敬できる法律家を見つけて,向上心や成長意欲に火をつけて欲しいと思います。


洞察と尊敬

私自身,修習をやってみて,事件とは法律だけで解決するものではないということを強く実感しました。今月第1週の記事とも少し重複しますが,小さな事件・典型的な事件のように見えても,必ずその事件固有のポイントのようなものがあり,それは法的なもののときもあれば,事実認定や当事者の意向に関するもののときもありました。民事でも刑事でもそれ以外の事件でも,当事者にはどのような判決がふさわしいのか,どのような事実や感情をくみ取るのが望ましいのかという点を考えなければなりません。そして,それを検討する上では,法的な分析にとどまらず,当事者の抱える背景事情・感情への洞察が欠かせません。

ここでいう洞察とは,尊敬の念を持って目の前の相手を対等に見るということだと私は考えています。少なくとも,弁護士に様々な法律問題を相談する人,刑事事件の被疑者・被告人になってしまった人というのは,それだけで心に大きな負担を抱えているわけです。その人たちに心を開いてもらい,真相を語ってもらわなければ,くみ取るべき事実も想いも分かりません。だからこそ,尊敬の念を持って目の前の人としっかり向き合い,その人の中にある光を見つけなければならないのです。

少なくとも,司法試験の合格までであれば,試験範囲となっている法律の記憶と思考があれば足ります。しかしその先の未知なる空では,法律力に加え人間力が試されます。人間力とは,ひとつには相手を尊敬の念で見ることで,人間と社会を深く洞察する力だと考えます。そして修習とは,そのような洞察の力を様々な指導者や事件を通じて磨くことができるかけがえのないものだったりするのです。


ダークブルー

みなさんは法律学とは何か,考えたことがあるでしょうか。私は,法律学とは,人類の協調の到達点だと考えています。大学受験で世界史を選択した人は知っていると思いますが,人類の歴史というものは戦争や人権侵害にまみれた血塗られたものです。長い歴史の中で,数知れぬ命が戦争や独裁政治,植民地支配などで消えていったのでしょう。そのような中で,人権という概念が生まれ,日本を含めた様々な国で立憲主義に基づく近代法が整備され,国際条約も制定され,世界は争いから協調へと向かっていったのだと思います。その意味で,法律学とは,人類が争いの階段を降りて,協調への階段を上がっていくための灯火なのだろうと私は考えていますし,法律学の根底に流れるのは「他者への尊敬・社会や世界との調和」だと思っています。

法律学を学んでいくということは,司法試験系を目指すにしろそうでないにしろ,やはり大変な面があります。しかしそれは,法律学が人類の協調の到達点であることを鑑みれば,ある意味当然です。協調のためには,色々な立場や考え方に想いを巡らせ,知恵を絞り,人間や社会を洞察しなければならないからです。


最後までお付き合いくださり,ありがとうございました。

司法試験系に立ち向かうみなさんの努力は,報われるときが必ず来ます。

自分の受験番号を法務省の掲示板やホームページで見つけたとき,修習で良い出会いをしたとき,新しい進路をつかんだとき,人は,この星の成層圏にあるダークブルーの空を心の中に見ることができるのだと思います。

これを読んでくれたみなさんが,ダークブルーの空を見られる日が来ることをお祈りしています。そして,ダークブルーの先にある未来でまた会いましょう。