【司法試験】H30合格者ブログ

~僕の失敗、からの更生記~



第5話

【神より賜えし苦悩や不合格これが運命でしょうか、諦めようか…って諦めるか!-気付きの時-】

 

皆さんこんにちは。

 

最近は修習での裁判の傍聴を見ることが多いのですが、今まで受験勉強やフィクションで勝手に作り上げたイメージとは全然違うモノだなあと改めて百聞は一見にしかずという言葉を身にしみて感じています。その中で、一度罪を犯した人が更生するには、漫然と刑罰や処分を受けるのではなくて、自分の行為や法規範の意味を誰かに意味づけされたからではなく、自ら考えて新しい一歩を踏み出すことが必要なのだと学びました。  

 

そして、それはどことなく予備試験を不合格から合格できた頃の私の状況に似ていました。今回お伝えしたいのは、いつかは誰々に言われたからではなく、自分で気づいて考えて踏み出さなくてはならない時が訪れるということです。  

 

前回は、合理主義という名の怠惰と誤った経験則によりその怠惰を正当化したことで不合格になってしまいました。そして、さすがにこれはおかしい、ちゃんとやらねばと思い始めました。よくよく不合格の原因を考えれば、答案を読むだけなんて勉強としてどうなんだ、それにあまりに回すという型式を重視しすぎていたのではないかと、色々反省点が浮かんできました。  

 

しかし、ここで問題が生まれます。今まで、成功者の誰々があるいは何々がそう言っていたからそれに従っていた私には勉強法を試行錯誤して自分流を開発することに不安と恐怖を覚えました。もし羅針盤をとる方向を間違えていたら全てが無駄骨に終わる、それなら予備校の先生が推奨していた方法に乗っかろう、そう思って以前とは異なり問題演習や暗記をするように心がけたものの、またしても他力本願に走ってしまいました。  

 

結論から言うと、この方法は半分正解半分間違いでした。確かに成功者の経験は参考になるものの、勉強法は人にとって千差万別です。たとえば、ボクシングで5階級制覇をしたトーマス・ハーンズというボクサーがいるのですが、彼の強さの秘訣であったフリッカージャブはリーチが長いことが前提でした。ゆえに、リーチが短い人が、彼が偉大な世界王者だから自分もフリッカージャブを打てば勝てると真似をしても上手くいかないと行った具合です。

だから、私も試行錯誤をすべきで、勉強しているとなんかここはこうした方がいいのではないのかと違和感を覚えたのに、それは私の独り善がりだろうとその違和感を否定してしまったのが不合格の原因だったと思います。 しかし、まったく進歩がなかったわけではなく、短答過去問は以前書いた通り、私はむしろ事務処理能力が高いのだから早く回しすぎておろそかになるのを防ぐのに、逆にじっくりやろうと考えて、その通りにやったら点数がいつもより1000番以上跳ね上がり、やればできるじゃんとうれしかった覚えがあります(論文でもそうしろよ)。

 

こうして論文に挑んだのですが、またしても上記のような他力本願から来る詰めの甘さで不合格になってしまいました。当日の論文答案作成という点での不合格の原因は、刑訴で出る出ると言われていた前科証拠を適当に覚えてしまい、子供に出したら間違いなく抗議されるだろう薄めすぎたカルピスのような答案を書いてしまったこと、民法で逃げの答案を書いてしまい同じく薄めすぎたカルピスのような答案が原因です。さらに、一般教養でFを取ったのも追い打ちとなり、600番代前半で落ちてしまいました。しかし、民事実務で自分でこれはやった方がいいと思ったいわゆる大島本をやりこんだおかげで、実務基礎科目はDからAに一気に跳ね上がりました。 流石にこの時は今までと違って激しく落ち込みました。一般教養さえDだったら受かっていたのに、俺は何をやっているのだろう。というか毎年等差数列みたいに順位が伸びてるのはなんやねん。俺ももうアラサーだし、そろそろ諦めて違う道を探すしかないのだろうか。

 

“神より賜えし苦悩や不合格、泣きたい時は泣きなよ。これが運命でしょうか?諦めようか?受験は巡る魔法のように”、こんな桑田佳祐の「明日晴れるかな」の歌詞のような事を考えていました。

 

そんな時に、TAC出身の予備試験合格者とお話をする機会があったのですが、私は言い訳が多すぎるとかなり強く指摘を受けました。その時になってようやく自分のいう“合理化”とは単なる楽したいがための怠惰の言い訳に過ぎないことに気づきました。

 

さらに、そんな初歩的なことを言われると言うことはもっと自分で色々考えて見るべきではないかと思って内省するうちに、もう一つ気づきました。待てよ、私が自分のタイプを踏まえて、勇気を出して踏み出した方法は軒並み上手くいってないか…?短答にしろ、実務基礎科目にしろ、自分を信じた結果は全部上手くいっている…。そして、大学受験生時代に、進学先の大学の先輩から、お前は人に頼って自分で合格の道を探そうとしていないと言われたことを思い出しました。当時は、それでも上手くいってしまったのですっかり忘れていましたが、“もしかしてこれは根が同じでは???”と思い始めました。

 

奇跡のドアを開けるその鍵はもう私の手のひらの上にあることに気づきました。

 

そして、予備校の先生に相談した時に、君は、現場思考は得意だが覚えるべきことを覚えていないと言われたときに確信に変わりました。やっぱりそうだ。普通は規範をどう当てはめるかで悩むのに、私はそう感じたことはない。となると、定石とは逆にむしろ基本的な規範をガンガン詰め込んでいけば、正確な規範からの当てはめができて合格できるのではないか?そう思って、自分を信じて試行錯誤しながら自分のやり方を極めようと決意して、次の受験に臨むことにしたのです。

 

【次回予告】 世界はそれを最終合格と呼ぶんだぜ-心の声(プレッシャー)を感じるのがこれほど怖いものだとは-

 

次回に続く!