【司法試験】社会人合格者ブログ

~司法試験受験編~

 

第4話

無慈悲な摂理


みなさん,こんにちは。3月に入り,徐々に暖かい日が増えてきたかと思います。今年の司法試験や予備試験を受験する皆さんにとっては,3月は総まとめや追い込みをする上で重要な時期ですね。是非,最後まで諦めずに頑張ってほしいと思います。


修習に行く前に,とある実務家さんと少しだけコミュニケーションをする機会があったのですが,その際にその実務家さんが「司法試験は人柄を見る試験」と仰っていました。私はそれを聞いて,「人柄」という言葉に司法試験合格に必要な要素が凝縮されていると思いました。そこで今回は「人柄」という言葉をキーにしながら,学習態度について書いてみようと思います。


司法試験などの難関試験の合格に当たって,「素直さ」があることが望ましい学習態度といわれることがあります。しかしこれは,必ずしも正確では無いと私は考えていました。なぜなら,間違ったやり方を素直に信じると不合格になってしまうからです。受験で求められる「素直さ」とは,何に対しても素直という意味ではなく,「正しいことに対して素直」という意味なのだと考えます。

では「正しいこと」とは何かというと……それはその受験生によって異なってくるのだと思います。ある受験生にとっては予備校の答練をがんがん受けることが「正しい」試験対策かもしれませんし,逆に別の受験生にとっては基本書や判例集を熟読することが「正しい」試験対策というケースもあると思います。こればかりは,自分の個性や環境などを踏まえて自分なりに考えることでしか答えを出せないのだと思います。

そのため,自分にとってできる限り正しい試験対策とは何かという点について怜悧さを以て不断に試行錯誤し,かつ,正しい対策を素直な気持ちで愚直にやりきらねばならないという点が,司法試験を筆頭とする難関試験の独特のポイントなのだと思います。


さてここで,受かりにくい受験生はある考え違いをすることが多いです。その考え違いとは,「どこかに完璧な講義や教材があって,それに従えば合格できる」というものです。

このタイプの受験生は「方法論の一本食い」をしてしまうケースが多いです。

例えば,「過去問が大事だよ」という旨のアドバイスを受けたときに,「とにかく過去問だけやっていればいいんだ~!」と誤信し,過去問を作業的に回すだけになってしまい,過去問から少しでも外れた出題をされると全く対応できなくなるというケースです。

たしかに過去問学習はとても大事ですが,作業的にこなすだけでは表層的な力しかつかず,思ったよりも実力が伸びません。また,民事系3科目の論文式試験では様々な事項が幅広く問われるので,網羅的な論文式問題集も解いておく必要があります。

要するに,あるアドバイスや方法論に出会った際に,それを唯一絶対のものとして過度に依存してしまったり,あるいは自分の都合のいいようにそれらを誤読・曲解してしまったりすることで受かりにくくなってしまうのです。


また,上記の考え違いをしてしまう人は「量をこなすこと」を軽視する傾向が強いです。おそらく,「どこかにある正しい講義や教材に従っていれば要領よく受かる」と心のどこかで考えている故に,量をこなさなくてもテクニックや要領だけで受かると無意識レベルで思ってしまっているのかもしれません。

受験生時代にこのタイプの人に会ったことがあるのですが,「一生懸命やったのに短答すら受からなかったんです!」と述べる一方,短答過去問を1,2回程度しか解いていないという有様でした。さすがに,「正しいやり方を採っているから,勉強量をこなさなくても受かる」というほど甘くはないと思います。

そしてこのタイプの人は,「自分が合格できないのは効率の良いやり方を知らないせいだ」という思い込みに囚われているので,いつまでも「量をこなす」ことの重要性に気づけなかったりします……。


あくまで私の感覚ですが,少なくとも現行の司法試験であれば,合格するだけならば地頭や才能の類いはほぼ不要だと断言できます。

しかし,正しいことに対する素直さ・不断に試行錯誤できる怜悧さ・量をこなすことを厭わない泥臭さは,合格に当たって個人差はあるものの必要となります。そして素直さ・怜悧さ・泥臭さは,どれか一つでも欠落すると正しい試験対策ができなくなるという点で相関関係にあると考えます。


ここで,冒頭の「人柄」という言葉に戻ります。もうお気づきかと思いますが,この「人柄」という言葉は,上述した素直さ・怜悧さ・泥臭さを包含できる言葉です。

つまり,冷徹に試行錯誤や敗因分析を行い,そこから得られた結果を素直に直視し,合格に必要な量を泥臭く愚直にやりきるという一連のプロセスが,試験対策との関係で求められる真摯な学習態度であり,まさに試験合格にとって望ましい「人柄」といえるのです。

 

この「人柄」ともいえる真摯な学習態度があれば,地頭や才能の有無に関わらず合格できますし,逆に真摯な学習態度が採れなければ優れた資質があっても合格は難しいと思います。その意味で,司法試験には,まさに真摯な学習態度の有無で合否が分かれるという「無慈悲な摂理」があるのだと思います。

 

☆TAC/Wセミナーは法曹を目指す社会人を応援します!

業界唯一!教育訓練給付制度対象コース有!詳細はコチラ 

第3話に戻る