【司法書士】
築地市場の豊洲市場への移転(前編)


司法書士齋藤・荒井共同事務所
所長 司法書士 齋藤隆行

 日頃,皆様に体調への留意を呼びかける筆者自身が,体調を崩してしまいました。全く,面目しだいもございません。風邪の諸症状がほとんどなく,急激に熱が上がったことから,もしやインフルエンザにかかったのではと思いました。しかし,市販の風邪薬を服用したら,かなり熱が下がりましたので,どうやらインフルエンザではなかったようです。

 ここのところ,固い内容の信託の登記についての学習が続いたので,今回は,コーヒーブレイク的に,築地市場の豊洲市場への移転と司法書士の関わりについてお話しします。

1 築地市場とは?

 築地市場は,東京都内に11か所ある東京都(公設)の中央卸売市場の1つであり,東京都中央区築地に置かれていた市場です。その面積は,約23ヘクタールを誇り,7の卸売業者と約1000(うち水産約820)の仲卸業者によってせりが行われる市場でした。その規模は日本・世界最大の卸売市場であり,水産物のほか,青果(野菜・果物),鶏肉,鶏卵,漬物,豆腐,もやし,冷凍食品等が取り扱われていました。
 築地市場は,開設者である東京都の管理監督のもと,1935年から2018年まで83年間の長きにわたって日本一の食の台所として利用されてきました。しかし,狭隘化による混雑,市場内での交通事故の多発,市場建物や施設等の老朽化等を理由に,去る2018年10月6日に営業を終了し,その長い歴史に幕を下ろしました。
 そして,2018年10月11日に豊洲市場が開場し,築地市場の機能は,豊洲市場へと移転し,引き継がれることとなりました。現在では,築地市場の解体工事が始まっています。
 なお,主に一般の個人客等が訪れる築地場外市場は移転の対象ではなく,現在でも引き続き,築地にて各店舗の営業がなされています。また,築地市場移転後も築地の活気とにぎわいを将来に向けて継承するため,それまでの築地場外市場になかった生鮮市場,「築地魚河岸」が,平成30年10月1日に中央区によって設置されました。築地魚河岸は,水産仲卸を経営母体とした小売店約60軒が入居する生鮮市場です。築地魚河岸の設置により,築地場外市場に行けば,ほとんどの水産物等を購入することができるようになりました。


2 築地市場の豊洲市場への移転の経緯

 築地市場は,開場当初,鉄道による搬入を前提とした構造でした(昭和62年に築地市場への国鉄引込線が廃止されました)。しかし,取引量の増大やトラック等の自動車による輸送が物流の中心となってきた頃より,駐車スペース等,築地市場が次第に手狭となってきました。そのため,昭和45年以降,市場の移転計画や同じ場所での市場の再整備計画などが検討されてきました。しかし,いずれの計画も実現には至りませんでした。
 そして,平成13年石原都知事の時代に,東京都によって,豊洲の土地が購入され,築地市場の豊洲への移転計画が正式に決定されました。


3 築地市場から豊洲市場への移転と本店移転登記

 築地市場の豊洲市場への移転と聞いても,そこで,なぜ,本店移転登記が関係してくるのか疑問に思われる方もいらっしゃるかもしれません。1でも述べましたように,築地市場内には,会社(主に株式会社)である水産仲卸業者や青果業者その関連業者(以下,「水産仲卸業者等」という。)が多数存在し,これら会社の本店は,築地市場内に置かれています。したがって,築地市場が豊洲市場に移転するとなると,これらの会社は,本店を移転しなければなりません。そして,当然のことながら,本店移転の登記も申請しなければならないことになります。特に,水産仲卸業者は,豊洲市場に本店を移転し,その登記を完了させないと,東京都から営業許可が下りないことから,適正に本店移転登記がなされなければ,豊洲市場開場にあたって,営業ができなくなるため,大問題となります。


4 東京都の築地本店移転登記等支援業務

 市場の開設者である東京都としても,築地市場の豊洲市場への移転に伴い,築地市場内の水産仲卸業者等の本店移転登記が適正に,かつ,もれなくなされなければ,管理責任を問われかねません。また,登記がなされないと,営業許可の可否をめぐって,豊洲市場の開場に際しても混乱は必至です。
 そこで,東京都は,本店移転登記に要する実費である登録免許税は水産仲卸業者等の負担とする一方で,本店移転登記の申請を司法書士に依頼した場合の司法書士への報酬を肩代わり(支援)することにしたのです(これを「築地本店移転登記等支援業務」という。)。
 ちなみに,中央区にある築地市場(東京都中央区築地五丁目2番1号)の管轄登記所は東京法務局ですが,豊洲市場は江東区(東京都江東区豊洲六丁目5番1号)にあり,その管轄登記所は東京法務局墨田出張所です。つまり,築地市場の豊洲市場への本店移転は,他の登記所の管轄区域内への本店移転の登記となります。


5 公共嘱託登記司法書士協会の業務の限界

 受験生の皆様はすでに学習済みのこととは思いますが,公共嘱託登記司法書士協会は,官庁,公署その他政令で定める公共の利益となる事業を行う者(以下「官公署等」という。)による不動産の権利に関する登記の嘱託または申請の適正かつ迅速な実施に寄与することを目的としています(司法書士法61条)。
 したがって,公共嘱託登記司法書士協会は,いくら官公署等である東京都の要請があっても,その名において,商業登記の申請を受託し,これを処理することはできません。以前から,公共嘱託登記司法書士協会は,商業登記も受託できるようにすべきだとの声はあがっていますが,残念ながら,今日現在実現されておりません。


6 本店移転登記受託団の結成

 そこで,東京公共嘱託登記司法書士協会(以下,「協会」という。)では,東京都の要請に応え,築地市場の豊洲市場への移転に伴う本店移転の登記申請を受託・処理する受け皿として,協会会員から有志を募り,本店移転登記受託団(以下,「受託団」という。)を結成したのです。筆者も,司法書士登録以来,東京公共嘱託登記司法書士協会の会員であり,これまでも何度もその仕事をしてきましたので,迷わず,受託団に応募し,受託団のメンバーに加えてもらいました。
 なお,筆者の所属する東京司法書士会では,会が実施する研修を受け,1年間で12単位(1研修で大体2単位)を取得することを会員に推奨(義務化?)しています。受託団のメンバーに加わるには,この単位を取得していることが条件でしたが,幸い前年に成年後見人の更新研修を受け,12単位を取得していたため,事なきを得ました。


7 受託団の仕事は?

 受託団の仕事とは,単に本店移転登記を申請するだけではありません。
多くを占める小規模な水産仲卸業者等には,必ずしも,会社法や商業登記実務に詳しい人材がいるわけではないため,登記に必要な書類がすぐには集まらないからです。
 そこで,次のような段階を踏んで手続が行われることとなりました。

⑴ 全体説明会での説明

 水産仲卸業者等を対象とした築地市場の豊洲市場への移転についての東京都の全体説明会で,我が受託団の代表が壇上に上がり,並み居る聴衆の前で,①株主総会の開催してもらい,「株主総会メモ」という用紙を作成し,株主総会の出席株主,決議事項等を書いてきてもらうこと,②法人税別表2を用意してもらうこと(株主リスト作成のため),③会社の登記事項証明書と印鑑証明書を取得してもらうこと,④印鑑届出書の用紙に所定の押印をしてもらうこと,⑤3万円の収入印紙を2枚用意してもらうこと(登録免許税),⑥本人確認書類(運転免許証)の用意をしてもらうこと等を説明しました(これらを便宜,「本店移転登記セット」という。)。

⑵ 相談や質問に対応できる体制の整備

 説明会の後,一定の期間,受託団の司法書士2名が交代で,築地市場内にある本店移転サポート相談室に詰め,⑴についての水産仲卸業者等からの電話・来場による相談や質問に対応できる体制を整えました。
 筆者も,何度も足を運びましたが,真夏でしたので,都営大江戸線の築地市場駅から築地市場内にある本店移転サポート相談室(4階)まで歩くと汗が吹き出して止まりませんでした(築地市場内の建物は古いので,エレベーターなどなく,階の移動は,すべて階段となります)。また,築地市場内には,トラック,乗用車,オートバイ,自転車,ターレ(荷物運搬用の電気自動車)が頻繁に行き交い,かなり危険であり,ボヤボヤしているとはねられかねません(これらの乗り物は,ヒトを見かけても,減速しません!)。筆者は,一応,労災保険・傷害保険には入っていますが,はねられて痛いのは嫌なので,歩行の際には,前後左右とかなり注意を払いました。なお,昼食時には,築地市場内の寿司屋に入り,にぎり寿司に舌鼓を打ちました(これはちょっとした役得ですかね。もちろん勘定は自腹ですが…)。

⑶ 面談と本店移転登記書類の受領

 一定期間を定めて,受託団の司法書士数名が交代で,「本店移転登記セット」の準備ができた水産仲卸業者等の代表者と面談しました。面談では,「本店移転登記セット」を預かり,内容を点検し,議事録や株主リストを預かり,あるいは,これを作成し,本店移転登記が申請できる書類(登録免許税である収入印紙3万円2枚も含む。)を預かりました。また,本人確認書類(運転免許証)の呈示を受け,その写しをとりました。
 なお,⑵⑶で一定の期間を定めているのは,豊洲市場への移転日が決まっているため,最終的にその日までに作業を間に合わせるためです。


8 移転延期へ!

 平成28年8月に舛添要一都知事に代わって就任した小池百合子都知事は,「土壌汚染対策に不安が残る」として,平成8月31日に豊洲市場の平成28年11月7日の開場を延期すると発表しました。移転先の豊洲市場は,かつて東京ガスのガス製造・貯蔵施設である「東京瓦斯豊洲工場」があり,かねてより,同工場による土壌汚染の危険性は指摘されていましたが,この問題がいまだ解決されていないことなどがその主な理由とされました。
 ここにおいて,受託団の仕事も中断のやむなきに至りました。
 もっとも,これまでの受託団の仕事は,東京都から評価され,仕事に応じた報酬が支払われました(筆者の銀行口座にも,忘れた頃に報酬が振り込まれました)。そして,預かった書類は,当面の間,受託団員が各自責任をもって保管するようにとの受託団のトップから指示がありました。なお,登録免許税として預かった収入印紙(収入印紙3万円2枚)は,会社から返還の請求があった場合には,受取書をもらった上で,返還に応じてよいとの指示もありました。
 そして,平成30年6月に,受託団トップからの「築地本店移転登記等支援業務再開のお知らせ」のメールが届くまで,約2年の間,受託団の仕事も一時凍結されることとなるのです。