【司法書士】
民事信託(家族信託)について⑬


司法書士齋藤・荒井共同事務所
所長 司法書士 齋藤隆行

 お正月も過ぎ,年明けの答練も始まりました。年明けからは,答練をペースメーカーに学習を進めるのが最も合理的な学習方法だと思います。答練の復習では,正解率が高い問題で,かつ,自分が間違えた問題を徹底的に復習してください。正解率の低い,いわゆる,難問・奇問の類いはできなくても構いません。正解率の高い問題,すなわち,受験生のほとんどができる問題ができないと他の受験生との点差がついてしまいますが,正解率の低い問題はできなくともほとんど他の受験生との点差がつくことはないからです(みんなできないからです)。
 さて,今回も,引き続き信託について,述べて参ります。


Ⅰ 総論
1.「信託」とは?
⑴ 「信託」の意味
⑵ 信託制度の仕組み等
⑶ 信託財産の公示と対抗要件等
(以上,①参照)
2.信託の当事者
⑴ 委託者
⑵ 受託者
⑶ 受益者
(以上,②参照)
⑷ 信託管理人
⑸ 信託監督人
⑹ 受益者代理人
(以上,③参照)
3.信託の成立
⑴ 信託行為とは?
⑵ 信託の方法
⑶ 契約信託
(以上,④参照)
⑷ 遺言信託(以上,⑤参照)
⑸ 自己信託(以上,⑥参照)
4.信託の開始
⑴ 受託者が信託財産を処分して建物を新築した場合
(以上,⑦参照)
⑵ 受託者が信託財産を処分して土地を購入した場合(以上,⑧参照)
⑶ 受託者が信託財産を処分して別信託の目的である不動産を取得した場合
5.信託の変更
⑴ 関係当事者の合意等による信託の変更
⑵ 裁判所の命令による信託の変更
6.信託の併合
⑴ 意義
⑵ 信託の併合の当事者
⑶ 信託行為に別段の定めがあるとき
⑷ 債権者の異議手続
⑸ 信託の併合の効果
⑹ 信託の併合の登記申請と申請人
(以上,⑨参照)
7.信託の分割
⑴ 意義
⑵ 信託の分割の当事者
⑶ 債権者の異議手続
⑷ 信託の分割の効果
8.信託の終了
⑴ 意義
⑵ 合意による信託の終了
⑶ 信託の終了事由
⑷ 特別の事情による信託の終了を命ずる裁判
⑸ 公益の確保のための信託の終了を命ずる裁判
⑹ 信託終了の効果
(以上,⑩参照)
9.信託の清算
⑴ 信託の終了と清算
⑵ 清算受託者の職務と権限
⑶ 残余財産の帰属等
⑷ 信託受託者の職務の終了
⑸ 信託の終了による所有権移転登記と信託登記の抹消
(以上,⑪参照)
Ⅱ 各論
1.商事信託と民事信託
2.家族信託の概略
⑴ 家族信託における当事者
⑵ 家族信託の目的
⑶ 家族信託を成立・開始させるための方法
⑷ 家族信託における信託財産
⑸ 家族信託にかかる費用
(以上,前回⑫参照)
⑹ 家族信託のメリット
① 成年後見制度(法定・任意)との比較(以上,今回)


⑹ 家族信託のメリット
① 成年後見制度(法定・任意)との比較

ⅰ 法定後見
 精神上の障害により主として高齢者(以下,単に「本人」または「成年被後見人」といいます。)の判断能力が十分ではない状態となった場合の本人の財産管理の方法の1つに成年後見制度(ここでは。特に「法定後見」に限って述べることとします。以下,「法定後見」または「成年後見制度」といいます。)があります。法定後見は,認知症等のような精神上の障害により,高齢者の判断能力が十分ではない状態となり,もはや本人自ら財産管理や法律行為をすることが困難になった場合に,本人・配偶者・4親等内の親族等・市町村長が家庭裁判所に後見開始の申立てを行い,審理の結果,本人の判断能力が十分ではないと認められたときには,家庭裁判所は,審判により成年後見人を選任することによって開始されるものです。成年後見制度は,家庭裁判所(後見監督人)の監督の下,成年後見人が成年被後見人の財産につき財産目録を作成し,これを把握・管理することにより,成年被後見人の財産管理を適切かつ確実に行うことができる仕組みです(成年後見人は,成年被後見人の財産目録や収支の状況などについて,成年被後見人の死亡に至るまで,定期的に家庭裁判所に報告する義務があります)。しかし,成年後見の制度の目的は本人のための財産管理にあることから,成年後見人は,基本的に本人の利益に反する財産上の支出をすることができません。例えば,相続税が課税される程度の財産を持っている高齢者について考えてみましょう。この高齢者が積極的な財産運用や相続税対策をしないうちに,あるいは,行っている途中で,認知症等のような精神上の障害により判断能力が十分ではない状態となり,家庭裁判所に法定後見の申立てがされ,いったん成年後見人が選任されてしまうと,もはやこれらを行うことはできなくなります。元本保証のない積極的な財産運用は,本人の確実な財産管理という観点からこれをすることはできません。また,相続税対策としての本人がする配偶者や子に対する生前贈与や本人が借入れをして賃貸不動産を持つこともできません。相続税対策自体が,相続人の相続税の負担軽減が目的であって,本人のための支出とはいえないからです(むしろ,本人の利益に反する財産上の支出といえましょう)。
ⅱ 任意後見
 精神上の障害により本人の判断能力が十分ではない状態となった場合の財産管理の方法として,法定後見に類似の制度として,任意後見制度(ここでは。特に「任意後見」に限って述べることとします。以下,「任意後見」または「任意後見制度」といいます。)があります。任意後見は,高齢者が契約の締結に必要な判断能力を有している間に,将来自分の判断能力が不十分になったときに備えて,後見事務の内容と後見事務を遂行する任意後見受任者(任意後見契約を締結して,将来任意後見人となる者をいいます。以下同じ。)について,高齢者自ら任意後見受任者との公正証書による契約(以下,「任意後見契約」といいます。)によってあらかじめ定めておき,当該高齢者が精神上の障害により本人の判断能力が十分ではない状態となった時に,本人・配偶者・4親等内の親族・任意後見受任者が,家庭裁判所に任意後見監督人の選任の申立てを行い,審理の結果,本人の判断能力が十分ではないと認められた場合は,家庭裁判所は,審判により任意後見監督人を選任することによって開始されるものです。任意後見契約も契約ですから,本人が誰を任意後見人として選ぶか,その任意後見人にどのような代理権を与え,どのような仕事をしてもらうか,すなわち後見事務の内容は,本人と任意後見人との話し合いによりある程度自由に決めることができます。このように,任意後見制度は,本人の意思に従って財産管理をする人と管理するべき財産の内容を定めることができるという点で,本人の自己決定権の尊重の理念から,法定後見より,画期的な制度であるといえます。しかしながら,公証人が契約書を作成しますので,その契約内容については,適法性,公正性はもとより適切なものであるかについて慎重に判断され,必要に応じて修正が加えられることもあります。また,任意後見制度にあっても,本人の契約締結の趣旨・意向に反して,その財産を不当に逸失させるといった本人にとって不利益な行動に出ることを防止する趣旨から,本人の利益を保護するため家庭裁判所が選任した任意後見監督人を通じて任意後見人を監督することになります(任意後見監督人も,任意後見人の事務について家庭裁判所に定期的に報告する義務があります)。そのため,法定後見と同様に,いったん任意後見監督人が選任された後には,もはや前述の積極的な財産運用や相続税対策はできないことになります。
ⅲ 成年後見(法定・任意)の制度と家族信託との比較
 成年後見(法定・任意)の制度においては,法定後見または任意後見のいずれをとっても,本人のための財産管理の方法であることは共通しており,本人の利益が最も尊重されます。そのため,本人の利益に反する財産上の支出は,許されないこととされています。いずれも,本人の財産をなるべく減少させないようにする,いわば,消極的な財産管理の方法といえるでしょう。
 これらに対し,高齢者が契約の締結等に必要な判断能力を有している間に,自らの財産を信託財産とする家族信託(Ⓡ一般社団法人家族信託普及協会の登録商標。以下,同じ。)をした場合はどうでしょうか。例えば,父親と母親と長男の3人家族があったとします。父親が,相続税が課税される程度の財産を有しており,これから数年をかけて相続税対策をしようとした場合に,相続税対策(生前贈与,不動産の相続税評価を下げるための更地への賃貸用マンションの建設,納税資金の確保のための遊休土地の売却・元本保証のない積極的な財産運用等)を内容とする信託契約を長男との間に締結し,自らの財産のすべてを信託財産としたとします(この信託では,委託者兼受益者を父親,受託者を長男とします。)。この信託契約の発効により,父親名義の財産は受託者である長男名義となります(いうまでもなく,不動産については,信託および信託による所有権移転登記を要します。)。そのため,相続税対策を講じている途中で,父親が認知症等のような精神上の障害により判断能力が十分ではない状態となっても,父親の同意等を得る必要はありません。受託者である長男は信託契約の内容・目的にしたがって,自己の判断と責任において,何ら支障なく引続き相続税対策を講じることができるのです。また,成年後見制度においては,本人の居住用不動産を売却するには,常に家庭裁判所の許可を得なければなりませんが,家族信託においては,本人の居住用不動産が受託者名義になっていれば,信託契約の内容・目的に従う限り,受託者は,何らの許可を要せずこれを売却することができます。
 このように,本人の死亡直前までの長きにわたる相続税対策を行うような場合には,家族信託をすることによって,効果的な相続税対策をすることがすることができる点において,家族信託は,成年後見制度や任意後見制度に比べ,本人の財産管理やその処分における自由度が高く,柔軟性がある制度であるといえましょう。
 最も,相続税対策をすることの是非については議論がありましょうが,ここでは割愛させていただきます。また,家族信託によって相続税対策をしたとしても,相続税を一定程度節税できる効果はあるものと思われますが(注)。相続税を払わなくて済むようになるわけではありません。例えば,信託契約により,父親の死亡した時点で信託を終了させ,信託の残余財産を母親と長男と指定しておいた場合,信託の残余財産の帰属者は母親と長男となり,承継した信託の残余財産に対して,母親と長男には相続税が課税されます。
(注)タワーマンションの購入による相続税の課税額を圧縮する節税(いわゆるタワマン節税)のように,当初は節税方法として何ら制約がなかったにもかかわらず,後から税務当局によって,その節税方法を認めないとされた例もあります。このように生前に相続対策をしても,父親の死亡時の税法等によっては節税の効果が出ない場合もあります。
ⅳ 成年後見(法定・任意)の制度と家族信託との費用面での比較
 法定後見にかかる費用としては,後見開始の申立費用(申立書に貼付する印紙代,鑑定費用,予納郵券,申立てを司法書士や弁護士に依頼した場合には,その報酬など)のほか,司法書士や弁護士等の職業後見人が成年後見人に就任している場合には,報酬の支払い(1年ごと)がありまる。前者は原則として申立人の負担であり,後者は本人の財産から家庭裁判所が決定する額となります。最も,家族・親族が自らを成年後見人候補者として成年後見開始の審判の申立書を作成し,家庭裁判所によって家族・親族が成年後見人に選任された場合には,理論上,申立費用や成年後見人の報酬を零とすることはできます(申立書に貼付する印紙代,鑑定費用,予納郵券はかかります)。しかし,最近の実務では,家族・親族が成年後見人と選任された場合には,ほぼ例外なく,家庭裁判所は,同時に後見監督人が選任される傾向があり,後見監督人には家庭裁判所が定める報酬の支払いが発生するため,成年後見の費用を零とすることは難しいかもしれません。
 任意後見にかかる費用としては,任意後見契約を公正証書で作成する際に公証人に支払う手数料,任意後見契約で司法書士や弁護士を任意後見人と指定するものであれば,任意後見契約発効後に,任意後見契約で定めた司法書士や弁護士に支払う報酬があります。
 家族信託にかかる費用としては,不動産を信託財産とする場合に必要となる信託の登記の登録免許税があります(信託を原因とする所有権移転登記は非課税)。また,司法書士などの専門家に信託等の登記手続や書類作成を依頼した場合には,信託や所有権移転登記手続の報酬,信託契約書の作成費用(公正証書にした場合には,公証人への報酬。確定日付をもらう場合には,公証人または法務局への手数料)がかかります。さらに,家族信託の仕組みを構築することを専門家に依頼した場合には,コンサルティング料がかかります。加えて,司法書士や弁護士を信託監督人に選任した場合には,その報酬がかかります。
 なお,家族信託では,原則として受託者に支払う報酬はありません。家族信託は,民事信託の範疇に含まれるものだからです。信託においては,委託者の財産を受託者が自らの名義としますが,その名義変更は信託を原因とするものであって,受託者の固有財産となるわけではありませんので,受託者に対する贈与税や不動産取得税は課税されないという扱いです。
 費用については,事案ごとにかかる費用が異なる場合があるため,それぞれを単純に比較することは難しいものと思われます。