【司法書士】
民事信託(家族信託)について⑭


司法書士齋藤・荒井共同事務所
所長 司法書士 齋藤隆行

 年明けの答練の滑り出しは順調でしょうか。答練は,本試験と同様,限られた時間内に出題されたすべての問題について解答すべきものです。ご自分で学習するときのように,問題文をじっくり読んで,自分のペースでゆっくり解答していては,答練の実施時間内にすべての問題を解くことはできません。そこで,ペース配分が重要な意味をもってきます。特に,本試験の午後の部の出題と同様に,不動産登記や商業登記に記述式の問題が出題されるときは,自分にあったペース配分を決める必要があります。例えば,択一式の解答に1時間,不動産登記の記述式の解答に1時間,商業登記の記述式の解答に1時間といった具合です。そして,答練を通じて,このペース配分どおりに問題を解答する訓練をしてください。まだ,ペース配分を意識していなかったという方は,是非,これを意識するようにし,ご自分のペース配分を確立させてください。
 さて,今回も,引き続き信託について,述べて参ります。


Ⅰ 総論
1.「信託」とは?
⑴ 「信託」の意味
⑵ 信託制度の仕組み等
⑶ 信託財産の公示と対抗要件等
(以上,①参照)
2.信託の当事者
⑴ 委託者
⑵ 受託者
⑶ 受益者
(以上,②参照)
⑷ 信託管理人
⑸ 信託監督人
⑹ 受益者代理人
(以上,③参照)
3.信託の成立
⑴ 信託行為とは?
⑵ 信託の方法
⑶ 契約信託
(以上,④参照)
⑷ 遺言信託(以上,⑤参照)
⑸ 自己信託(以上,⑥参照)
4.信託の開始
⑴ 受託者が信託財産を処分して建物を新築した場合
(以上,⑦参照)
⑵ 受託者が信託財産を処分して土地を購入した場合(以上,⑧参照)
⑶ 受託者が信託財産を処分して別信託の目的である不動産を取得した場合
5.信託の変更
⑴ 関係当事者の合意等による信託の変更
⑵ 裁判所の命令による信託の変更
6.信託の併合
⑴ 意義
⑵ 信託の併合の当事者
⑶ 信託行為に別段の定めがあるとき
⑷ 債権者の異議手続
⑸ 信託の併合の効果
⑹ 信託の併合の登記申請と申請人
(以上,⑨参照)
7.信託の分割
⑴ 意義
⑵ 信託の分割の当事者
⑶ 債権者の異議手続
⑷ 信託の分割の効果
8.信託の終了
⑴ 意義
⑵ 合意による信託の終了
⑶ 信託の終了事由
⑷ 特別の事情による信託の終了を命ずる裁判
⑸ 公益の確保のための信託の終了を命ずる裁判
⑹ 信託終了の効果
(以上,⑩参照)
9.信託の清算
⑴ 信託の終了と清算
⑵ 清算受託者の職務と権限
⑶ 残余財産の帰属等
⑷ 信託受託者の職務の終了
⑸ 信託の終了による所有権移転登記と信託登記の抹消
(以上,⑪参照)
Ⅱ 各論
1.商事信託と民事信託
2.家族信託の概略
⑴ 家族信託における当事者
⑵ 家族信託の目的
⑶ 家族信託を成立・開始させるための方法
⑷ 家族信託における信託財産
⑸ 家族信託にかかる費用
(以上,⑫参照)
⑹ 家族信託のメリット
① 成年後見制度(法定・任意)との比較
(以上,前回⑬参照)
② 委任契約との比較
③ 遺言制度との比較(以上,今回)


② 委任契約との比較
 本人の財産管理の手段・方法の1つに委任契約(民法643条~656条)があります。委任契約も,信じた相手(以下「受任者」といいます。)に財産管理の手続を任せるといった意味では,信託と似ています。しかし,信託が信託財産の名義やその管理・処分権が受託者に移るのに対し,委任契約はあくまでも,財産やその管理・処分権が本人に帰属したままであるという点で両者は大きく異なります。そして,委任契約における受任者が,代理人として,本人の財産の管理・処分を行うには,その都度,本人の委任を受けなければなりません。また,本人から委任を受けるには,本人の判断能力が十分である必要があります。
 例えば,判断能力は十分であるが,老齢になって足腰の不自由により,介護施設に入居した母親(委任者)が,長女(受任者)と,銀行取引や不動産の売却についての委任契約を締結したとしましょう。そして,委任契約に基づき母親から委任を受けた長女が銀行から母親名義の預金を引き出そうとしたとします。しかし,母親の銀行預金の名義は母親のままですので,たとえ,銀行預金の引き出しに必要な母親名義の預金通帳,銀行印および銀行取引の一切を委任するという委任状を長女が母親から預かり,これらを銀行に持参したとしても,銀行は母親に,母親が長女に銀行取引(具体的には,母親名義の預金の引き出しをすること)についての委任をした事実を確認しようとするのが実務の扱いです。また,委任契約に基づき母親から委任を受けた長女が母親名義の不動産の売却を行おうとしたとします。しかし,売却する不動産の登記簿上の所有権登記名義人は母親のままであるので,たとえ,母親の登記識別情報(登記済権利証),印鑑証明書,実印など所有権移転登記に必要な書類等や母親所有の不動産の売買契約の締結等を一切委任するという委任状を長女が母親から預かって持参したとしても,買主(買主が司法書士に登記申請の代理の委任をした場合には司法書士)は,母親の本人確認,意思確認,母親が長女に不動産売買についての委任をした事実を確認しようとするのが実務の扱いです。そして,後日,母親が認知症等により,判断能力が十分ではない状態となった場合には,もはや,母親が長女に銀行取引や不動産売却についての委任をした事実等を確認することができなくなりますから,長女が母親の代理人として銀行取引や不動産売却をすることは事実上不可能となります。
 これに比べて,信託(家族信託(Ⓡ一般社団法人家族信託普及協会の登録商標。以下,同じ。)を含む。以下,同じ。)の場合には,信託財産はすべて受託者の名義となっていますので,信託契約等で特段の定めがない限り,受託者が自らの判断で,直接,銀行取引や不動産の売却をすることができます。前回学習したように,たとえ,信託開始後に委託者が認知症等により,判断能力が十分ではない状態となった場合でも,何ら支障なくこれらの手続をすることができます。
 このように,委任契約は手続の度ごとに委任者に受任者への委任の事実や委任者の意思を確認される煩わしさや,委任者の判断能力が十分ではない状態となった場合には,もはや手続を続行することができなくなるという欠点を有しているため,本人の財産管理の手段・方法としては,信託の方が利便性が高い制度であるといえましょう。
 なお,高齢者が委任契約を締結しようとする場合には,後日,認知症等により判断能力が十分ではない状態となったときを想定して,任意後見契約とセットでこれを締結する事例が多いようです。
③ 遺言制度との比較
ⅰ 遺言の限界と信託の受益者連続機能
 高齢者の財産処分の手段・方法の1つに「遺言」があります(民法960条~1027条)。遺言の形式には,主に自筆証書遺言(民法968条)・公正証書遺言(民法969条)等がありますが,これらの形式にかかわらず,遺言者は,自分の死後に,自分の財産を誰に相続させるか,自由に決めることができます。例えば,遺言者Aが「長男Bに甲不動産を相続させる。」などの遺言が考えられます。しかし,遺言によって処分が可能な財産は,原則として自らの財産に限られますので,例えば,遺言者Aが「長男Bに甲不動産を相続させる。長男Bの死後は,長男Bの長男(孫)Cに甲不動産を相続させる。孫Cの死後は,孫の子(ひ孫)Dに甲不動産を相続させる。」のように,長男Bが相続した財産について,その処分方法を指定するような遺言をすることはできません(所有権絶対の法則,長男Bが相続した財産は,長男Bの財産となるため,長男Bがその財産をどのように処分しても自由であり,たとえ,Aは遺言によっても長男Bの処分権を制限することはできません)。
 これに対して,信託を利用すれば,先程述べた「長男Bに甲不動産を相続させる。長男Bの死後は,長男Bの長男(孫)Cに甲不動産を相続させる。孫Cの死後は,孫の子Dに甲不動産を相続させる。」とほぼ同様な効果を得ることができます。
ここで利用される信託は,「後継ぎ遺贈型信託」または「後継ぎ遺贈型受益者連続信託」と呼ばれるもので(信託法91条),Aが,委託者として,甲不動産の管理処分を受託者に委託し,その信託における受益者を長男Bと定め,その死亡により,当該受益者の有する受益権が消滅し,他の者である孫Cが新たな受益権を取得し,その死亡により,当該受益者の有する受益権が消滅し,他の者である孫Cの子D(委託者からみるとひ孫)が新たな受益権を取得する旨の定め(受益者の死亡により順次他の者が受益権を取得する旨の定めを含む。)のある信託です。受益権の承継先に制限はありませんので,仮に孫Cの子Dが未だ生まれていない場合であっても,Dを孫Cの取得した受益権の承継者として定めることができます。
 これは,信託としてなされるものですので,甲不動産の所有権そのものを相続させるものではなく,甲不動産の管理・処分によって得られる利益を享受する受益者としての地位を,まず長男Bに取得させ,長男Bが死亡した場合には,その受益者としての地位を孫Cに,そして,その次はひ孫Dに承継させるというものです。
 ただし,この信託は,当該信託がされた時から30年を経過した時以後に現に存する受益者が当該定めにより受益権を取得した場合であって,当該受益者が死亡するまで,または,当該受益権が消滅するまでの間,その効力を有すると定められています(信託法91条)。つまり,信託を開始して30年が経過した後は,受益権の承継は,1回しか認められません。したがって,先の例で考えると,遺言者の長男BがAの死後34年で死亡した場合には,孫Cは受益権を承継することができますが,孫Cの子Dは,Cが死亡しても受益権を承継することはできないことになります。
 このように,遺言では,遺言者の財産を相続することができる者の範囲に限界がありますが,信託では,実質的にはその限界を超えて財産を承継させる者を決めることができます。このような点において,高齢者の財産の処分方法としては,信託の方がより柔軟性がある制度であるといえましょう。特に,高齢者が代々承継してきた不動産を自分の死後も自分の子や孫に代々承継させていきたいと考えている場合には,遺言では対応することはできず,信託を利用するしかありません。
ⅱ 遺言と遺言代用信託
 遺言と同様な法的効果を実現させるために,遺言者(委託者)の生前に,遺言の内容と実質的に同内容の信託契約を受託者との間で締結するものを遺言代用信託といいます。この遺言代用信託は,遺言という名前がついていますが,遺言によってするものではありません(「遺言信託」ではないと言うことです)。
 例えば,委託者が自己の死亡時における財産の処分を遺言によって行う代わりに,生前は委託者を受益者,委託者の死亡後の受益者を委託者(妻や子などの相続人)とする旨の信託契約を受託者と締結し,信託契約上委託者の死亡時において,当然に委託者が受益権を失い,信託契約上指定された者が,受益権を取得する旨を定めることなどによって,遺言の内容と同様の法的効果を実現しようとするものです。
遺言代用信託には次の2つの形態があります(信託法90条1項)。
ア 委託者の死亡の時に受益者となるべき者として指定された者が受益権を取得する旨の定めのある信託(信託法90条1項1号)
イ 委託者の死亡の時以後に受益者が信託財産に係る給付を受ける旨の定めのある信託(信託法90条1項2号)
 アの場合においては,受益者となるべき者として指定された者は委託者の死亡時まではそもそも受益権を取得しないのに対し,イの場合においては,受益者は委託者の死亡前から受益権を取得するものの,信託財産に係る給付を受ける権利については委託者の死亡時まで取得せず,かつ,委託者が死亡するまでは受益者としての権利も原則として有しない点にあるとされています(信託法190条2項)。
 遺言代用信託は,委託者と受託者との間で信託契約を締結したときに信託の効力が生じます(遺言信託は遺言によってする信託設定であり,委託者の死亡時に効力が生じます)。
 遺言は,遺言者がいつでも書き替えやその撤回ができるという点で,遺言書を作成したからといって必ずしも推定相続人が取得する遺産が確定したとはいえません。そこで,先の例で,信託契約中の遺言代用信託の部分の条項の変更・解約に一定の制限,すなわち,委託者1人の意思では信託契約中の遺言代用信託の条項の部分の変更・解約をすることができない旨の条項,あるいは,遺言代用部分の条項のみ変更・撤回不能とする旨を加えて,信託契約を締結しておけば,いったん決めた当初の遺言の内容と同様の法的効果を確定し,委託者の死後,これを実現することができます。このように,当初の遺言の内容の実現という意味においては,書き替えや撤回が容易な遺言よりも,遺言代用信託の方が確実であるといえるでしょう。
※ 遺言代用信託の利用による生前の遺産分割協議の実質的実現
父親の生前に,父親の財産につき,推定相続人の全員の合意により将来の遺産分割協議がなされたとしても,当該遺産分割協議は無効です。そこで,父親とその推定相続人全員が合意した将来の遺産分割協議と同内容の遺言書を父親が作成している例があるとします。しかしながら,遺言はいつでも遺言者の意思で容易に書き替えや撤回ができますので,それだけでは,必ずしも将来の遺産分割協議の内容が確定したとはいえません。そこで,信託契約で,信託財産や委託者である父親の死亡後の受益者を指定した上で(遺言代用信託),信託契約の変更・解約に一定の制限を加え,父親一人の意思では内容の変更ができない旨,あるいは遺言代用部分の条項のみ変更・撤回不能とする旨を定めておけば,将来の相続に向けて遺産分割内容を確定しておくことが可能になります。これにより,遺言書の書き替え・撤回等による相続争いをあらかじめ防止することができます。