【司法書士】
民事信託(家族信託)について⑮


司法書士齋藤・荒井共同事務所
所長 司法書士 齋藤隆行

 寒い毎日が続いております。晴れの日が続き,湿度が低いため,風邪やインフルエンザが猛威をふるっているようです。先日,診察のため近所の内科に行ったのですが,待合室は,咳とくしゃみの大合唱で,診察を待つ間,うつらないことをひたすら祈っていました(笑)。うがいや手洗いのような予防も大切ですが,疲れによる免疫力の低下も風邪やインフルエンザの発症の原因になるようですので,疲れをためないように極力気をつけてくださいね。
 さて,今回も,引き続き信託について,述べて参ります。


Ⅰ 総論
1.「信託」とは?
⑴ 「信託」の意味
⑵ 信託制度の仕組み等
⑶ 信託財産の公示と対抗要件等
(以上,①参照)
2.信託の当事者
⑴ 委託者
⑵ 受託者
⑶ 受益者
(以上,②参照)
⑷ 信託管理人
⑸ 信託監督人
⑹ 受益者代理人
(以上,③参照)
3.信託の成立
⑴ 信託行為とは?
⑵ 信託の方法
⑶ 契約信託
(以上,④参照)
⑷ 遺言信託(以上,⑤参照)
⑸ 自己信託(以上,⑥参照)
4.信託の開始
⑴ 受託者が信託財産を処分して建物を新築した場合
(以上,⑦参照)
⑵ 受託者が信託財産を処分して土地を購入した場合(以上,⑧参照)
⑶ 受託者が信託財産を処分して別信託の目的である不動産を取得した場合
5.信託の変更
⑴ 関係当事者の合意等による信託の変更
⑵ 裁判所の命令による信託の変更
6.信託の併合
⑴ 意義
⑵ 信託の併合の当事者
⑶ 信託行為に別段の定めがあるとき
⑷ 債権者の異議手続
⑸ 信託の併合の効果
⑹ 信託の併合の登記申請と申請人
(以上,⑨参照)
7.信託の分割
⑴ 意義
⑵ 信託の分割の当事者
⑶ 債権者の異議手続
⑷ 信託の分割の効果
8.信託の終了
⑴ 意義
⑵ 合意による信託の終了
⑶ 信託の終了事由
⑷ 特別の事情による信託の終了を命ずる裁判
⑸ 公益の確保のための信託の終了を命ずる裁判
⑹ 信託終了の効果
(以上,⑩参照)
9.信託の清算
⑴ 信託の終了と清算
⑵ 清算受託者の職務と権限
⑶ 残余財産の帰属等
⑷ 信託受託者の職務の終了
⑸ 信託の終了による所有権移転登記と信託登記の抹消
(以上,⑪参照)
Ⅱ 各論
1.商事信託と民事信託
2.家族信託の概略
⑴ 家族信託における当事者
⑵ 家族信託の目的
⑶ 家族信託を成立・開始させるための方法
⑷ 家族信託における信託財産
⑸ 家族信託にかかる費用
(以上,⑫参照)
⑹ 家族信託のメリット
① 成年後見制度(法定・任意)との比較
(以上,前回⑬参照)
② 委任契約との比較
③ 遺言制度との比較
(以上,前回⑭参照)
④ 家族信託と相続
⑺ 家族信託のデメリット
① 受託者による信託財産の横領のおそれがあること成年後見で事例あり
② 遺言の撤回等が難しくなること
③ 委託者の身上看護は契約内容にならないこと(以上,今回)


④ 家族信託と相続
ⅰ 信託の利用による生活費の確保
 相続が発生した場合において,金融機関はその事実を知ると,金融機関は相続人による当該預貯金の引き出しには一切応じなくなります(これを「預金の凍結」といいます。)。そして,当該預貯金を相続した者が遺産分割協議書,遺言書等により,自らがその預貯金を取得する権利を有することを証明するまで,金融機関は相続人による当該預貯金の引き出しには一切応じません。ところが,遺言書が存在せず,また,相続人の中に行方不明者や遺産分割協議に非協力的な者がいて,早急に遺産分割協議ができない場合も少なくありません。このような場合,被相続人の配偶者など,被相続人と生計を一にしていた者がいる場合には,その者は生活費にも事欠く事態も生じ得ます。そこで,早急に遺産分割協議ができないことが事前に予想される場合には,信託を利用することにより,被相続人と生計を一にしていた者の生活費を確保することができます。
 例えば,預貯金4000万円を有するAがおり,Aの相続人には,Aと生計を一にする後妻Bのほか,先妻(既に死亡)との間の子C,後妻との間の子Dがおり,BとCが普段から折り合いが悪いとしましょう。この場合において,なんら対策を立てないままAが死亡してしまうと,BとCとの間で遺産をめぐって争いが生じた場合,早急に遺産分割協議ができなくなり,凍結されたAの預貯金が引き出せなくなる可能性があります。結果として,Bは当面の生活費にも事欠くおそれがあります。このような場合において,Aが生前,現預金のうちの預貯金2000万円につき,生活費確保の目的で,信託財産あるいはその管理・運用により得た利益の一定額を月々受益者に交付する旨,Aの生前においては委託者Aを受益者に,委託者の死亡後の受益者をBとする旨の信託契約を受託者Dとの間で締結しておいたとしましょう。そうしますと,預貯金2000万円の名義はすでに受託者Dのもの(正確には,「委託者A受託者D信託口」名義)となっており,Aが死亡しても,その預貯金については,もはやAの財産ではなくなっておりますので,たとえ,Aの死亡の事実を金融機関が知った場合であっても,金融機関はその預貯金を凍結することはありません。そのため,Aが死亡し,BとCとの間で遺産をめぐって争いが生じ,早急に遺産分割協議ができない状態が続いても,Bは当該信託の受益者としてDから一定額の生活費の交付を受けることができるので,当面の間,生活費に事欠くことはなくなります。このように,遺産をめぐって争いが生じる可能性がある場合には,生前に信託契約等を締結しておくことによって,被相続人と生計を一にする者が生活費に事欠く事態をあらかじめ防止することができます。このような意味で,相続について争いが生じるおそれがある場合に,被相続人と生計を一にする者の生活費を確保するという意味で,信託を利用するメリットは大きいといえましょう。
ⅱ 信託の利用による浪費家への財産の受渡しの制約
 通常の相続や贈与があった場合には,相続人や受贈者は,一定程度のまとまった額の財産を一度に手にすることになります。しかし,相続人や受贈者の中に浪費家がいる場合,なんら対策を立てないでいると,その浪費家は後先を考えずに手に入れた財産を一気に費消してしまうおそれがあります。このような事態が想定される場合において,被相続人または贈与者がその浪費家に一括で財産を渡したくないときに,あらかじめ信託を活用して,浪費家に渡る財産を制約し,短期間での財産の費消を防止することができます。例えば,委託者である親が,浪費家である長男に100万円を贈与したいと考えている場合に,一度に100万円を贈与するのではなく,長男を受益者として,1か月あたり5万円しか給付できない旨の信託契約を受託者と締結したとします。そうしますと,受託者は浪費家である長男からどんなに高額な請求があっても,1か月あたり5万円までしか給付することができません。そのため,浪費家である長男は,まとまった額の財産を一度に手にすることができなくなり,短期間で財産を費消することはできなくなります(20か月かけて贈与をするのと同じ効果になります。金額・回数は自由に決めることができます。)。このように,長男が浪費家で取得した財産を一気に費消する可能性がある場合には,あらかじめ信託契約を締結しておくことによって,浪費家が取得した財産を一気に費消することを防止できます。このような意味でも,信託を利用するメリットは大きいといえましょう。

⑺ 家族信託のデメリット

① 受託者による信託財産の横領のおそれがあること
 家族信託(Ⓡ一般社団法人家族信託普及協会の登録商標。以下,同じ。)では,受託者が家族である委託者の財産を自己の名義にして,信託財産として運用・管理・処分しますので,信託財産の換価は比較的容易です。そのため,受託者が信託財産を信託契約等の目的に反する処分(換価)をして,これを横領するおそれは十分にあります。成年後見でも,家族が成年後見人に就任した事案において,その成年後見人が自分の管理する家族である成年被後見人の財産を横領する例が少なくありません(管理する財産が他人のものではなく,家族のものであるという点で罪の意識が低いままに横領する事例が少なくないようです)。このように,成年後見人が成年被後見人の判断能力が不十分である点を奇貨として,その財産を横領する例から考えますと,家族信託においても,特に,委託者が高齢となり認知症等により判断能力が不十分となった場合に,委託者が受託者の不正について目が届きにくくなることから,受託者が信託財産を横領する可能性がより高くなると思われます。これを防止するには,費用はかかりますが,信託契約等においてあらかじめ,信託制度に詳しい司法書士・弁護士等を信託財産監督人に選任しておくことが考えられます。
② 遺言の撤回等が難しくなること
 本来,遺言は,遺言者の自由な意思で,その変更や撤回が容易にできるはずです(民法1022条)。前回学習したとおり,遺言の内容と同様の法的効果を実現させるために,委託者が自己の死亡時における財産の処分を遺言によって行う代わりに,生前は委託者を受益者,委託者の死亡後の受益者を委託者の妻や子(相続人)とする旨の信託契約(遺言代用信託)を受託者との間で締結することができます。しかし,信託契約締結後に委託者の家族との関係の変化,例えば,委託者の死亡後の受益者と定められた長男が急に委託者を粗略に扱い始めた等の家族関係の変化があっても,その信託契約に拘束され,この契約を遺言のように遺言者のみの一方的な意思表示をもって変更または撤回することはできません。信託契約の変更や撤回は,原則として,契約当事者である委託者と受託者のほか,受益権を有することとなった受益者の合意がなければすることができないからです(信託法149条)。そのため,信託契約(特に遺言代用信託契約)の締結は,くれぐれも慎重に行うべきであるといえましょう。
③ 委託者の身上看護は契約内容にならないこと
 成年後見制度(法定・任意)が,成年被後見人の財産管理と共に,その身上看護も目的としていることに対し,信託契約においては,委託者の身上看護はその契約内容になりません。そのため,委託者が高齢になり,かつ,認知症等により判断能力が不十分となった場合において,日常生活を送る上で身体の介護等の必要が生じても,受託者がその立場で委託者の代わりに,病院,老人ホーム,介護施設等と契約をして委託者をこれらの施設に入所(入院)させるということはできません(もっとも,配偶者や子(推定相続人)間で委託者の身上看護について,意見の違いや争いがなければ,配偶者や子という立場で,委託者をこれらの施設に入所(入院)させることはできるかとは思いますが…)。しかし,例えば,配偶者や子が委託者の介護等の世話をすることができない事情があるような場合,すなわち,どうしても委託者について身上監護が必要という場合であれば,成年後見制度を利用して,成年後見人に身上監護権を行使してもらわなければなりません。そこで,委託者は,自らが高齢になり,1人では日常生活を送ることが困難になった場合を想定し,信託契約以外にも何らかの方策を検討し,そのような状態になった場合の備えをしておく必要があろうかと思われます(例えば,委任契約及び任意後見契約の締結と信託の併用など)。 

 

 

 

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