【司法書士】
民事信託(家族信託)について⑱


司法書士齋藤・荒井共同事務所
所長 司法書士 齋藤隆行

 陽も長くなり,少しずつ春の訪れを感じる日々となりました。東京ではボケのつぼみが膨らんできました。しかし,日によって,寒暖の差が激しく,これが体調を崩す原因になりそうです。日中,暖かいからといって,急に薄着で外出することは危険です(夕方,急に寒くなることがあります)。また,暖かい電車内などでは適宜上着を脱ぐなどして,汗をかかないようにしましょう。
 さて,今回も,引き続き家族信託の具体的事例について,紹介して参ります。

Ⅰ 総論
1.「信託」とは?
⑴ 「信託」の意味
⑵ 信託制度の仕組み等
⑶ 信託財産の公示と対抗要件等
(以上,①参照)
2.信託の当事者
⑴ 委託者
⑵ 受託者
⑶ 受益者
(以上,②参照)
⑷ 信託管理人
⑸ 信託監督人
⑹ 受益者代理人
(以上,③参照)
3.信託の成立
⑴ 信託行為とは?
⑵ 信託の方法
⑶ 契約信託
(以上,④参照)
⑷ 遺言信託(以上,⑤参照)
⑸ 自己信託(以上,⑥参照)
4.信託の開始
⑴ 受託者が信託財産を処分して建物を新築した場合
(以上,⑦参照)
⑵ 受託者が信託財産を処分して土地を購入した場合(以上,⑧参照)
⑶ 受託者が信託財産を処分して別信託の目的である不動産を取得した場合
5.信託の変更
⑴ 関係当事者の合意等による信託の変更
⑵ 裁判所の命令による信託の変更
6.信託の併合
⑴ 意義
⑵ 信託の併合の当事者
⑶ 信託行為に別段の定めがあるとき
⑷ 債権者の異議手続
⑸ 信託の併合の効果
⑹ 信託の併合の登記申請と申請人
(以上,⑨参照)
7.信託の分割
⑴ 意義
⑵ 信託の分割の当事者
⑶ 債権者の異議手続
⑷ 信託の分割の効果
8.信託の終了
⑴ 意義
⑵ 合意による信託の終了
⑶ 信託の終了事由
⑷ 特別の事情による信託の終了を命ずる裁判
⑸ 公益の確保のための信託の終了を命ずる裁判
⑹ 信託終了の効果
(以上,⑩参照)
9.信託の清算
⑴ 信託の終了と清算
⑵ 清算受託者の職務と権限
⑶ 残余財産の帰属等
⑷ 信託受託者の職務の終了
⑸ 信託の終了による所有権移転登記と信託登記の抹消
(以上,⑪参照)
Ⅱ 各論
1.商事信託と民事信託
2.家族信託の概略
⑴ 家族信託における当事者
⑵ 家族信託の目的
⑶ 家族信託を成立・開始させるための方法
⑷ 家族信託における信託財産
⑸ 家族信託にかかる費用
(以上,⑫参照)
⑹ 家族信託のメリット
① 成年後見制度(法定・任意)との比較
(以上,⑬参照)
② 委任契約との比較
③ 遺言制度との比較
(以上,⑭参照)
④ 家族信託と相続
⑺ 家族信託のデメリット
① 受託者による信託財産の横領のおそれがあること
② 遺言の撤回等が難しくなること
③ 委託者の身上看護は契約内容にならないこと
(以上,⑮参照)
④ 遺留分減殺請求を受けた場合に信託が機能しなくなるおそれがあること
⑤ 損益通算ができなくなること(税法関係)
※ 信託と税法
(以上,⑯参照)
3.家族信託の事例紹介
⑴ 収益不動産の相続争い回避のための家族信託
⑵ 精神的な障碍・病気を持つ子供のための家族信託
(以上,前回⑰参照)
⑶ 相続税対策のための家族信託(以上,今回)

⑶ 相続税対策のための家族信託
 A(77歳)は,自宅のほかに,土地・建物を多数所有しています。これらは,いずれも先祖代々受け継がれてきたもので,Aも将来は長男Bやその子供(Bの家系)に全て相続させたいと漠然と思っていました。
 Aはこれまで大病を患ったことはなく,元気に過ごしてきましたが,先日家族に祝ってもらった喜寿の宴の席で,急なめまいを覚えて倒れてしまい,救急車を呼ぶ騒ぎになってしまいました。搬送先の病院で原因を調べてもらいましたが,血圧がやや高いほかは特に問題はなく,一時的な過労が原因であろうというのが医師の診断でした。
 日頃から元気が自慢のAにとっては,家族の前で倒れ,救急車で病院に搬送されたことは,大変にショックな出来事でした。Aは,それまで,自分の死後のことを真剣に考えたことはなく,当然のことながら相続税対策などは念頭にありませんでした。しかし,今回の出来事で,自分が死亡した場合の相続のこと,とりわけ,相続税の負担はどのくらいになるのか急に心配になりました。
 そこで,顧問税理士に相続税のシミュレーションをしてもらったところ,このまま何も相続税対策(注1)をとらずにAが死亡した場合には,相続人は億単位の相続税を納税しなければならないことがわかりました。
 驚いたAは,自分が元気なうちに,相続税対策に着手する決意を固めました。
 Aの推定相続人には,妻C(72歳),長男B(51歳),長女D(45歳),二女E(42歳)がいます。
 DとEはすでに他家に嫁し,別の場所でそれぞれの家族と生活をしており,また,Aは,DとEに対して婚姻時に生計の資本として一定程度の財産を贈与しているため,Aの財産をA・Cと同居しているBおよびBの子(Bの家系)が相続することについては納得しています。
 そこで,Aは,顧問税理士や経営コンサルタント(以下,「専門家」といいます。)に相談の上,具体的には次のような相続税対策をとることとしました。
① Cに婚姻20年以上の配偶者に対する居住用財産を贈与税の特例を利用し,自宅の土地建物の一部をCに贈与すること(相続財産を圧縮すること)(注2)
② 無理のない程度の贈与税を支払いながら,暦年贈与の方法により,何年かに分けて少しずつBに不動産を生前贈与する(相続財産を圧縮すること)(注3)
③ 現在は月極駐車場である好立地な更地を大手スーパーマーケットチェーン店に賃貸し,駐車場収入を上回る地代収入を得ること(納税資金を確保すること)(注4)
④ 借地人に底地を売却すること(相続財産を圧縮し,かつ,納税資金を確保すること)(注5)
⑤ 金融機関から金銭の借り入れを行い,好立地で賃貸アパートあるいはマンション用地として適切な土地を購入し,そこに賃貸アパートあるいはマンションを建て,これを賃貸に出して賃料収入を得ること(借入れ=負の財産を増やすことにより,相続財産を圧縮し,かつ,得られる賃料により納税資金を確保すること)(注6)
⑥ 金融機関から金銭の借り入れを行い,好立地で入居率の高い既存のアパート,マンションあるいは稼働率の高いコインパーキングを購入する(借入れ=負の財産を増やすことにより,相続財産を圧縮し,かつ,得られる賃料により納税資金を確保すること納税資金を確保すること)ことなど
 しかし,専門家によれば,これらのAの相続税対策は,一朝一夕にできるものではなく,少なくても数年は要するだろうという見立てでした。そして,専門家から,Aが高齢であることから,Aが認知症等により判断能力を欠くに至った場合には,もはや相続税対策を継続して行うことはできなくなることも想定し(注7),Aの存命中にこれらの相続税対策をできるだけ行うようにするには,家族信託(Ⓡ一般社団法人家族信託普及協会の登録商標。以下,同じ。)によるのが,より賢い選択になるのではないかとの提案を受けました。
 また,DとEについては,現時点では,Aの財産をBおよびBの子(Bの家系)が相続することについて納得しているとしても,A亡き後,Bとの間で相続争いが生じる可能性もないとはいえないため,DとEに対しても,遺留分相当の財産を相続させるべきではないかとの指摘も受けました。
 そこで,Aは,遺留分相当の金融資産をDとEに対して相続させる旨の公正証書遺言を作成すると共に,次の内容の信託契約をBとの間で締結し,公正証書により,信託契約証書を作成しました。

<信託契約の主な内容>
・ Aを委託者,Bを受託者,A自身を受益者とする。
・ 全ての財産(ただし,当面の生活費,遺言によりDとEに対して相続させることとした金融資産を除く。)を信託財産とする。
・ Dは,相続税対策のための信託財産の管理・処分・運用を行う。
・ 信託期間をAの死亡時までとする。
・ 残余財産の帰属先をB,BがAより死亡した場合には,Bの子とする。
<信託契約後の手続>
・ 不動産については,Bを受託者とする信託および信託を原因とする所有権移転登記を申請する。
・ Aの信託財産である金融資産については,「委託者A受託者B信託口」名義の口座を開設してこちらの口座へ振り替える。

 信託契約日以降は,信託が開始されますので,Bは受託者として,Aに相談しながら信託契約に基づき相続税対策のための信託財産の管理・処分・運用を行うことになります。
そして,Aは,自ら相続税対策のための煩雑な手続等から開放されることになります。
 また,Aが認知症等により判断能力が低下した場合であっても,Bが受託者として,自らの判断で,引き続き,信託契約に基づく相続税対策のための信託財産の管理・処分・運用を行いますので,Aが死亡する直前まで相続税対策を講じることができます。
さらに,Aの死亡後は,公正証書遺言により,遺留分相当の金融資産をDとEが相続し,他方,B(あるいはBの子)は,相続税対策の効果により一定程度減少を免れた残余財産を取得することができ,Aが希望した財産承継を,遺言と信託を併用する方法により実現することができます。

(注1)相続税対策のキモは,相続財産の評価額を減少させることと納税資金の確保にあります。しかし,金融機関等から多額の借入れをし,賃貸用物件を購入するなどして,相続財産の評価額を減少させることに成功し,相続税の納税額そのものを減らすことはできても,多額の借入れの返済が重荷となり,かえって日々の生活が苦しくなる可能性もあります。そのため,相続税対策の実行には,入念に検討をした上でこれを行う慎重さが求められます。また,税法の盲点を突くような画期的な相続税対策が発見されても,税務当局が,後からその相続税対策を封じるような立法措置等をとることもあり,相続税対策をとったのに,相続開始の時には,全く節税にならなかったというケースも生じ得ます(例えば,「タワマン節税」など)。下手に相続税対策をとるより,相続財産の現預金比率を高めておけばよいとする考え方もあります(現預金がたくさんあれば,とりあえず相続税の納税はできますので)。
(注2)婚姻期間が20年以上の夫婦の間で,居住用不動産または居住用不動産を取得するための金銭の贈与が行われた場合,基礎控除額110万円のほかに最高2,000万円まで控除(配偶者控除)できるという特例です。例えば,夫の所有する居住用不動産の贈与税評価額が1,800万円であり,これを妻に贈与した場合には,贈与税の申告をすることにより,贈与税は非課税となります。この特例を利用して,贈与税を非課税とするには,所定の書類を準備し,所轄の税務署に贈与税の申告をすることが必要です(相続税法21条の5,21条の6,相続税法施行規則9条,租税特別措置法70条の2の4)。なお,この特例を利用した場合であっても,不動産取得税は課税されます。
(注3)暦年贈与とは,毎年1月1日から12月31日までの間(暦年)に贈与を受けた財産の金額の合計額に応じて贈与税を払う,通常の贈与の方法です。1年間のうちに,贈与を受けた金額が110万円(基礎控除額)以下なら贈与税の申告が不要となります(相続税法21条の5,租税特別措置法70条の2の4)。しかし,1年間のうちに,110万円を超える贈与を受けた場合には,贈与税の申告が必要になります。その際,110万円を超える部分に贈与税が課税されます。
(例)120万円の贈与を受けた場合は,次にように1万円の贈与税を納税しなければなりません。
(120万円-110万円)×10%(税率)=1万円
 ただし,例えば,2,000万円の贈与をする契約をしたのに,毎年100万円ずつ20年間にわたって贈与をした場合には,1年ごとで考えれば贈与税の基礎控除額以下の贈与になるものの,場合によっては,税務当局から,1回の贈与を単に分割して履行したにすぎないと認定され,2,000万円全額につき贈与税が課せられる可能性があります(これを,「連年贈与」といいます)。
(注4)少子高齢化による人口減少,若者の車離れ,不景気による経費節減のための営業車や自家用車の処分などで,近年月極駐車場の収益力は落ちているといわれています。これに代わるように,近年は,時間貸し駐車場(コインパーキング)が増加しています。
(注5)一般的に,借地権(土地の賃借権)の価値は,土地の時価の6~8割程度(地域によってバラツキあり)で,その残りが底地(借地権付き土地の所有権)の価値とされます。したがって,借地権者が,底地を買う場合には,土地の時価の2~4割を代金として支払えば土地の所有権(借地権+底地)を取得することができる計算になります(地主に底地を売る意思がある場合に限られますが)。
(注6)金融機関から金銭の借入れを行い,これを元手に,賃貸用アパート等(土地および建物)を購入の上,家賃収入を得るというのは,長年相続税対策の定番とされてきました(金融機関から金銭の借入れを行い,土地を買い,その土地に賃貸用アパート等を建築した場合,あるいは,自分の土地に賃貸用アパート等を建築した場合も同様です)。しかし,近年,少子高齢化・人口減少等による賃貸物件の需要が落ち込む一方で,これに反比例するかのように賃貸物件の供給が増加しています。そのため,賃貸物件間の競争が激しくなり,当初予定していた賃料収入が見込めない,あるいは入居者を確保できないケースが急増しています。こうした場合,金融機関からの借入れが多いときには,その賃貸物件を売却しても借入金を返済することができずに破産する賃貸人(大家)も出ています。賃貸物件の建築会社が行うサブリース(転貸)による「家賃保証付き30年一括借上げ」も,建築会社から契約途中で家賃の減額を求められ,賃貸人(大家)が当初契約した家賃をもらうことができない例が多発しており,一部社会問題化しています。なお,建物を保有すると,固定資産税の他,定期的な建物やその附属設備の修繕や保守等のランニングコストがかかることも不動産賃貸業の厳しいところです。
(注7)認知症等により判断能力を欠くに至った場合において財産管理等のため必要がある場合には,原則として,裁判所に対し,後見開始の申立てをし,成年後見人を選任してもらうこととなります。しかし,成年後見人は,本人のための財産管理をその職務としているため,もはや他人(推定相続人)のための相続税対策をすることはできなくなります。