【司法書士】
民事信託(家族信託)について⑲


司法書士齋藤・荒井共同事務所
所長 司法書士 齋藤隆行

 寒さも和らぎ,暖かな日も多くなってきました。いよいよ,3月になりましたね。受験勉強も,正味あと4か月となりました。計画どおりに学習は進んでいますか。過去問,条文,先例・判例は,飽きるほど繰り返し学習して,完全にマスターしておいてください。特に,過去問の択一は,1肢1肢ごとに正誤の判断ができるようにしておきたいものです。
さて,今回も,引き続き家族信託の具体的事例について,紹介して参ります。

Ⅰ 総論
1.「信託」とは?
⑴ 「信託」の意味
⑵ 信託制度の仕組み等
⑶ 信託財産の公示と対抗要件等
(以上,①参照)
2.信託の当事者
⑴ 委託者
⑵ 受託者
⑶ 受益者
(以上,②参照)
⑷ 信託管理人
⑸ 信託監督人
⑹ 受益者代理人
(以上,③参照)
3.信託の成立
⑴ 信託行為とは?
⑵ 信託の方法
⑶ 契約信託
(以上,④参照)
⑷ 遺言信託(以上,⑤参照)
⑸ 自己信託(以上,⑥参照)
4.信託の開始
⑴ 受託者が信託財産を処分して建物を新築した場合
(以上,⑦参照)
⑵ 受託者が信託財産を処分して土地を購入した場合(以上,⑧参照)
⑶ 受託者が信託財産を処分して別信託の目的である不動産を取得した場合
5.信託の変更
⑴ 関係当事者の合意等による信託の変更
⑵ 裁判所の命令による信託の変更
6.信託の併合
⑴ 意義
⑵ 信託の併合の当事者
⑶ 信託行為に別段の定めがあるとき
⑷ 債権者の異議手続
⑸ 信託の併合の効果
⑹ 信託の併合の登記申請と申請人
(以上,⑨参照)
7.信託の分割
⑴ 意義
⑵ 信託の分割の当事者
⑶ 債権者の異議手続
⑷ 信託の分割の効果
8.信託の終了
⑴ 意義
⑵ 合意による信託の終了
⑶ 信託の終了事由
⑷ 特別の事情による信託の終了を命ずる裁判
⑸ 公益の確保のための信託の終了を命ずる裁判
⑹ 信託終了の効果
(以上,⑩参照)
9.信託の清算
⑴ 信託の終了と清算
⑵ 清算受託者の職務と権限
⑶ 残余財産の帰属等
⑷ 信託受託者の職務の終了
⑸ 信託の終了による所有権移転登記と信託登記の抹消
(以上,⑪参照)
Ⅱ 各論
1.商事信託と民事信託
2.家族信託の概略
⑴ 家族信託における当事者
⑵ 家族信託の目的
⑶ 家族信託を成立・開始させるための方法
⑷ 家族信託における信託財産
⑸ 家族信託にかかる費用
(以上,⑫参照)
⑹ 家族信託のメリット
① 成年後見制度(法定・任意)との比較
(以上,⑬参照)
② 委任契約との比較
③ 遺言制度との比較
(以上,⑭参照)
④ 家族信託と相続
⑺ 家族信託のデメリット
① 受託者による信託財産の横領のおそれがあること
② 遺言の撤回等が難しくなること
③ 委託者の身上看護は契約内容にならないこと
(以上,⑮参照)
④ 遺留分減殺請求を受けた場合に信託が機能しなくなるおそれがあること
⑤ 損益通算ができなくなること(税法関係)
※ 信託と税法
(以上,⑯参照)
3.家族信託の事例紹介
⑴ 収益不動産の相続争い回避のための家族信託
⑵ 精神的な障碍・病気を持つ子供のための家族信託
(以上,前回⑰参照)
⑶ 相続税対策のための家族信託(以上,前回⑱参照)
⑷ 事業承継のための家族信託(以上,今回)

⑷ 事業承継のための家族信託
 A(79歳)は,甲株式会社(非上場会社)の代表取締役社長であり,かつ,甲株式会社の株式を100%所有する株主,いわゆるオーナー社長です。
 甲株式会社は,主に印刷業を営んできました。チラシ,パンフレット,書籍,年賀状やカレンダーなどの通常の印刷のほか,テレビドラマや映画などの台本の印刷を得意としており,非上場会社でありながら,台本の印刷では国内トップシェアを誇っています。脚本家などからは,台本の原稿が昼夜を問わず届き,また,納期までの時間も非常にタイトであるため,印刷業界では珍しい24時間営業態勢を敷いています。
 Aも若い頃は,社員達と共に徹夜で仕事をしたものですが,さすがにこの歳となった今では,専務である二男Cと社員にほとんどの仕事を任せるようになっています。Aは,11時に出社し,16時に退社するという生活を送っています。それでも,80歳を目前としたこの年齢になると,会社への毎日の通勤も体力的に厳しくなってきました。つい先日も,ギックリ腰になってしまい,自宅から出ることができなくなり,会社を1週間ほど休むことになりました。そこで,そう遠くない将来に,社長職をCに譲り,自らは経営の第一線から身を引き,さらに甲株式会社の株式(以下,「自社株」という。)をもCに贈与し,オーナーとしての立場もCに譲りたいと思うようになりました。しかし,会社の経営をすべてCに任せるには,少し不安があります。Cは,親分肌で,社内での人望も厚く,仕事に対する熱心さに溢れており,会社の仕事を任せることについて一切不安はありません。しかし,したたかな取引先と粘り強く交渉して,適正価格で仕事を受注すること,あるいは,近年融資に厳しい姿勢をみせる金融機関を説得して,設備資金等の借入れをすることなど,会社を維持・発展させていくという経営者の力量という面では,Cはもう少し経験を積む必要があるのではないかと思われるからです。さらに,経営者としての信用,すなわち,甲株式会社の顔としての立場においても,Cは取引先や金融機関に完全に認知されているとは言い難い状態です。そのため,Aが突然引退してしまうと,取引先に不安を与え,取引に支障を来すおそれもあります。また,金融機関もこれを機に,融資の引き上げにかかるかもしれません。そこで,最近では,取引先や金融機関へ行くときは,Cを同道させ,Cを紹介して顔を覚えてもらうと共に交渉の場における駆け引きの実際を体験させるようにしています。そして,社長職やオーナーとしての立場を譲った後でも,自分が元気なうちは,Cの社長としての仕事ぶりを見守り,時には会社経営について,アドバイスする立場は残しておきたいという思いもあります。
 パソコンやインターネット等の普及により,紙の印刷の需要が減り,同業の印刷業者が廃業あるいは倒産の憂き目をみる中で,甲株式会社は,国内トップシェアを誇る台本の印刷が生み出す利益で,同業者を尻目に発展を続けてきました。おかげで,会社は小さいながらも自社ビル兼印刷工場を持ち,また,景気変動などにより,多少の受注の落ち込みがあっても,数年間はこれに耐えうる現預金を有するに至っています。
 Aの推定相続人は,長男B(45歳)と二男C(40歳)です(妻はすでに死亡)。Aは,Aの自宅で,B家族と同居しています(Bは,研究者として大学に勤めています)。Cは,すでに別の場所に自宅を所有しており,甲株式会社へ毎日出勤しています。BとCは,性格や気質が全く異なりますが,兄弟仲はよく,時々誘い合って飲みに行っているようです。
 Aの財産は,自社株がほとんどであり,あとは,自宅の土地・建物と多少の預貯金があるだけです。
 Aとしては,自分の事業を継いでくれているCに,折を見て,自社株を生前贈与し,自分の死後は,妻亡き後自分の生活の面倒を見てくれているBに自宅の土地・建物を相続させたいと思ってきました。そこで,自らの引退が頭をかすめたこの時期に,顧問税理士に自宅の土地・建物と自社株の評価を依頼しました。ところが,自宅の土地・建物の評価額に対し,自社株の評価額はその数倍であることが判明しました。顧問税理士の説明では,自社株の全部についてCに生前に贈与すると莫大な贈与税が発生するとのことでした。また,株式会社の登記を継続的に依頼している司法書士に生前贈与と遺言について相談したところ,AとCが遺留分権利者Bに損害を加えることを知りながらCに自社株を生前贈与あるいは自社株のすべてをCに相続させる旨の遺言を作成すると,実際に自社株の贈与・相続なされた時点で,Bから自らの遺留分を侵害するものとして,遺留分減殺請求権を行使されるおそれがある旨の指摘を受けました。BとCは仲が良く,自分のやりたい仕事を優先して選び家業を継がなかったことに負い目があるのか,家業を継いだCに対して日頃からねぎらいや感謝の言葉を口にしており,Aとしては,よもや,このようなBが弟であるCに対して遺留分減殺請求権を行使するとは思えませんが,法律上行使される可能性があると言われれば,行使されないよう遺留分相当の財産をBに承継させておいた方が無難だと思いました(注1)
 そこで,Aは,Cに自社株のすべてを承継させるが,自分が元気なうちは経営にも関与できること,併せて,自分の死後は,自宅の土地・建物をBに相続させ,BからCに対する遺留分減殺請求権を行使させないようにするという2つの条件を満たすための円満・円滑な相続と事業承継のための何か良い方法はないものか,顧問税理士と司法書士に相談しました。
 そして,顧問税理士と司法書士からの意見をもとに,次のような内容の遺言と家族信託(Ⓡ一般社団法人家族信託普及協会の登録商標。以下,同じ。)をすることとしました。

<遺言の内容>
・ 自宅の土地・建物等自社株以外の遺産をすべてBに相続させる。
<信託契約の主な内容>
・ Aを委託者,Cを受託者,第1受益者をA自身とし,A死亡後の第2受益者をBとCとする(注2)。Bの持分割合は不足する遺留分の額に相当する割合とする。また,Bは信託受益権の持分をC以外の第三者に譲渡することができないものとする。
・ 自社株を信託財産とする。
・ Cは,受託者として,自社株の管理を行い,甲株式会社からの配当等金銭の分配があるときは,これを受益権者に対し(その有する持分に応じて)交付する。
・ 指図権者をAとし(注3),Aは株主総会において議決権を行使する。ただし,Aが認知症その他の原因で指図権を行使することができなくなった場合には,指図権者をCとする。
・ 信託期間をBの死亡時までとする。
・ 残余財産の帰属先をCとする。ただし,Cは,信託終了時におけるBの受益権持分の時価相当額の金銭をBの相続人に支払うこととする。
<信託契約後の手続>
・ Cは,株主名簿の記載を変更する(A→受託者C信託口。ただし,当初の指図権はAが保有)。
・ Aは,早急に,甲株式会社の取締役会を開催し,Cを代表取締役に選定する(Cが経営者としての力量を備えた時点で,Aは代表取締役(社長)を辞任し,Cに社長職を譲る)。また,Cが代表取締役に就任した後は役員報酬をこれまでより増額する。

 Aは,顧問税理士と司法書士との面談の席に,BおよびCを同席させ,上記の自分の円満・円滑な相続と事業承継につき,専門家の説明を聞かせ,納得させました。その上で,公証役場に赴き,公正証書による遺言書と信託契約書を作成しました。
 信託契約日以降は,信託が開始されますので,Cは受託者として,信託財産である自社株の管理を行うことになります。もっとも,Aが元気なうちは,Aが指図権を有することから,株主総会における議決権の行使等を通じて経営に関与することができます。また,Aが認知症その他の原因で指図権を行使することができなくなった場合には,指図権者をCとすることによって,Cは,Aの関与なしで株主総会の開催や議決権行使を通じて,経営に関与することができます。さらに,Cは,近いうちに代表取締役にも選定される予定でもあるので,代表取締役Aの不在による会社経営の停滞・混乱を回避することができます。
 自社株以外の財産だけでBの遺留分相当額の財産を用意できなかったため,信託契約により,Aの死後,Bにも信託受益権の持分を承継させることになりました。しかし,Bは甲株式会社の株式を直接相続するわけではありませんので,株主総会で議決権を行使するなど会社経営に関与することはできません。Bは,受益権者として,会社からの配当金等の金銭の分配を受けることになります。また,Bの死亡(信託終了)時点においては,Cは,Bの受益権の時価相当額の金銭をBの相続人に支払うことになります。このようにBに信託受益権の持分を承継させる旨の信託契約を締結することにより,自宅の土地・建物等自社株以外の遺産をBへ相続させるという内容の公正証書遺言と併せて,Bに対し,実質的な遺留分相当額の財産が渡るようにすることにより,Bからの遺留分減殺請求の行使を予防することができます。
 また,贈与税の課税回避のため,第1受益者はA自身としていますが,A死亡後の第2受益者をBとCとし,信託終了時の残余財産の帰属先をCとすることにより,最終的にCが自社株をすべて手に入れることができるようになります。これは,Cに自社株を生前贈与した場合とほぼ同様の効果が得られることになります(ただし,Cは,信託終了時におけるBの受益権割合の時価相当額の金銭をBの相続人に支払うことにはなります)。
 以上のように,遺言と家族信託を併用することで,Aの希望する円満・円滑な相続と事業承継の実現が可能になります。
(注1)本事例のように,Aの相続人が長男Bと二男Cである事例において,仮にAの事業を承継したCに対して,Aの遺留分を侵害するような遺産を相続させる内容の遺言書がある場合であっても,Bには当初遺留分減殺請求をするつもりがないことがあります。しかし,後日,Bがその配偶者・子・知人友人から,「法律上貰えるものはもらっておくべきである。」などと意見されたことにより,翻意してCに対し,遺留分減殺請求権を行使することは実務上珍しくありません。
(注2)受益者と受託者が同じ人物である場合,すなわち,受託者が受益権の全部を固有財産で有する状態が1年間継続すると,信託は強制終了となります(信託法163条2号)。ただし,受託者が複数の受益者の1人となることはこれに該当せず,信託の終了事由にはあたらないものと解されています(信託法8条参照)。
(注3)指図権とは信託法には規定はありませんが,受託者の行う信託財産の具体的な管理方法や処分等について「指図」をすることができる権利であって,信託契約により委託者または受益者に付与することができるものをいいます。また,この権利を有する者を「指図権者」といいます。

 

 

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