【司法書士】
民事信託(家族信託)について⑳


司法書士齋藤・荒井共同事務所
所長 司法書士 齋藤隆行

 暖かな日が増えてきたとはいえ,寒が戻る日もあります。このような時期は,体調管理がとても難しいですね。でも,春はもう近くまでやってきています。桜が咲くのが待ち遠しいです。読者の皆様も,この時期に風邪などお召しになりませぬように。 さて,今回も,引き続き家族信託の具体的事例について,紹介して参ります。

Ⅰ 総論
1.「信託」とは?
⑴ 「信託」の意味
⑵ 信託制度の仕組み等
⑶ 信託財産の公示と対抗要件等
(以上,①参照)
2.信託の当事者
⑴ 委託者
⑵ 受託者
⑶ 受益者
(以上,②参照)
⑷ 信託管理人
⑸ 信託監督人
⑹ 受益者代理人
(以上,③参照)
3.信託の成立
⑴ 信託行為とは?
⑵ 信託の方法
⑶ 契約信託
(以上,④参照)
⑷ 遺言信託(以上,⑤参照)
⑸ 自己信託(以上,⑥参照)
4.信託の開始
⑴ 受託者が信託財産を処分して建物を新築した場合
(以上,⑦参照)
⑵ 受託者が信託財産を処分して土地を購入した場合(以上,⑧参照)
⑶ 受託者が信託財産を処分して別信託の目的である不動産を取得した場合
5.信託の変更
⑴ 関係当事者の合意等による信託の変更
⑵ 裁判所の命令による信託の変更
6.信託の併合
⑴ 意義
⑵ 信託の併合の当事者
⑶ 信託行為に別段の定めがあるとき
⑷ 債権者の異議手続
⑸ 信託の併合の効果
⑹ 信託の併合の登記申請と申請人
(以上,⑨参照)
7.信託の分割
⑴ 意義
⑵ 信託の分割の当事者
⑶ 債権者の異議手続
⑷ 信託の分割の効果
8.信託の終了
⑴ 意義
⑵ 合意による信託の終了
⑶ 信託の終了事由
⑷ 特別の事情による信託の終了を命ずる裁判
⑸ 公益の確保のための信託の終了を命ずる裁判
⑹ 信託終了の効果
(以上,⑩参照)
9.信託の清算
⑴ 信託の終了と清算
⑵ 清算受託者の職務と権限
⑶ 残余財産の帰属等
⑷ 信託受託者の職務の終了
⑸ 信託の終了による所有権移転登記と信託登記の抹消
(以上,⑪参照)
Ⅱ 各論
1.商事信託と民事信託
2.家族信託の概略
⑴ 家族信託における当事者
⑵ 家族信託の目的
⑶ 家族信託を成立・開始させるための方法
⑷ 家族信託における信託財産
⑸ 家族信託にかかる費用
(以上,⑫参照)
⑹ 家族信託のメリット
① 成年後見制度(法定・任意)との比較
(以上,⑬参照)
② 委任契約との比較
③ 遺言制度との比較
(以上,⑭参照)
④ 家族信託と相続
⑺ 家族信託のデメリット
① 受託者による信託財産の横領のおそれがあること
② 遺言の撤回等が難しくなること
③ 委託者の身上看護は契約内容にならないこと
(以上,⑮参照)
④ 遺留分減殺請求を受けた場合に信託が機能しなくなるおそれがあること
⑤ 損益通算ができなくなること(税法関係)
※ 信託と税法
(以上,⑯参照)
3.家族信託の事例紹介
⑴ 収益不動産の相続争い回避のための家族信託
⑵ 精神的な障碍・病気を持つ子供のための家族信託
(以上,⑰参照)
⑶ 相続税対策のための家族信託(以上,⑱参照)
⑷ 事業承継のための家族信託(以上,前回⑲参照)
⑸ 共有不動産における共有者間の対立を回避するための家族信託(以上,今回)

⑸ 共有不動産における共有者間の対立を回避するための家族信託
 A(74歳)は,三人姉妹の末っ子(三女)で,長女B(79歳)と二女C(76歳)と共に親から相続した土地(持分各3分の1)を所有しています。現在は,その土地を大手ショッピングセンターに賃貸し(事業用定期借地権),地代を3等分した額をそれぞれの銀行口座に振り込んでもらっています。Aは,教員養成系の大学卒業後,公立高校の家庭科の教師として働いています。夫Xは既に死亡しており,Aの推定相続人は,長男D(39歳)と長女E(36歳)です。
Bの子Fは,大学の法学部を出て,都市銀行に就職していますし,Cの子Gは,弁護士の資格を取り,事務所を構えて独立開業しています。しかし,Aの長男Dは,専門学校卒業後,自動車修理工場に就職しており,また,長女Eも高校卒業後宝飾関係の会社に就職しています。DとEは,Aの甥たち(F・G)のように法律に明るくありません。
Aは,自分の生前はともかくとして,自分の死後,もし,大手ショッピングセンターが撤退し,土地(共有物)が空地になり,その土地の共有関係を解消するため,共有物の分割しようという話になったときに,DとEが,法律に詳しい2人の甥たち(FとG)と対等に共有物の分割交渉することができるかと思うと心配でなりません。きっと,2人の甥たち(FとG)は,法律に強いのを良いことに,DとEの無知につけ込み,自分たちが有利なように強引に共有物分割の話を進めてしまうでしょう。また,大手ショッピングセンターが引続き土地を賃借していく場合においても,自分の死後,DとEが契約交渉(賃貸借契約の更新など)などの場面で,不利な契約条件を押しつけられないよう毅然とした対応ができるか甚だ心配です。
そのように考えたAは,自分の生きている間に,自分の土地(持分3分の1)の価値を毀損せずに,DとEに相続させる道筋をつけるべく,姉たち(BとC)に共有土地の分割を提案してみました。自分の代で単独名義の土地にしておけば,そっくりそのまま,DとEにその土地を相続させることができ,共有土地の分割をめぐる従兄弟同士のトラブルは生じるおそれはないからです(幸い,DとEの兄弟仲は良く,土地を共同相続させても問題は起きないと思っています。)。しかし,測量費用がかかるであるとか,大手ショッピングセンターの建物がある土地をどう評価するのか,現在のように地代を受け取っていて何が不満なのか,大手ショッピングセンターの建物がある土地の共有物分割をしても,自分ではその土地を利用することができないのであるから,共有物分割をする実益がないなど,姉たち(BとC)に理由を付けてことごとく反対されてしまいました(おそらく,後ろで糸を引いているのは,2人の甥たち(FとG)だとAは思いました)。
 そのような折り,Aは,たまたま所用で立ち寄った市役所で,司法書士の無料相談が実施されているのを知りました。市役所の職員に聞いたところ,予約がなくても無料相談を受けることができるとのことでした。そこで,早速無料相談を申込みました。Aの順番となったので,Aは,相談担当の司法書士に以上の経緯を話して相談してみました。相談に乗ってくれた司法書士によると,「自分はあまり詳しくないが,おそらく家族信託(Ⓡ一般社団法人家族信託普及協会の登録商標。以下,同じ。)を活用すると何かよい解決策が見つけられるかもしれません。」とのことで,「家族信託に強い司法書士を紹介してもらうとよいでしょう。」と司法書士会の連絡先を教えてくれました。そこで,早速司法書士会に連絡して,家族信託に強い司法書士を紹介してもらうことになりました。
Aは,紹介を受けた司法書士のところへ出かけて,これまでの経緯や次のような自分の不安や希望を述べて相談しました。
① 自分の土地(持分3分の1)の価値を毀損せずに,DとEに承継させたい。
② 将来共有物の分割の話が出たときには,したたかな2人の甥F・Gに有利な共有物分割をされるおそれがあるので,彼らと対等な交渉し,①を実現させたい。
③ 土地の賃借人(大手ショッピングセンター)との賃貸借契約の更新の際においても,大幅な地代の減額等,A,DおよびEに不利になるような契約の更新はしないようにしたい。
相談は数回に及びましたが,Aは,税理士と司法書士との面談の席に,常にDおよびEを同席させ,土地の共有持分の信託の内容につき,専門家の説明を聞かせ,納得させました。その上で,公証役場に赴き,公正証書による遺言書と信託契約書を作成しました。

<信託契約の主な内容>
・ Aを委託者,Dを受託者,第1受益者をA自身とし,A死亡後の第2受益者をDとEとする(持分は各2分の1ずつ)(注1)(注2)
・ 信託監督人として,司法書士Yを選任する。
・ 土地の共有持分3分の1を信託財産とする(注3)
・ Dは,受託者として,共有土地の管理を行い,土地の賃借人(大手ショッピングセンター)から地代が支払われたときには,これを受益権者に対し(Aの死後は,受託者の有する持分に応じて)交付する。
・ 信託期間終了までの間に他の共有者から共有物の分割の提案があった場合は,信託監督人Yの同意を得なければ,Dはその提案を承諾することができない。
・ 受託者が土地の賃借人から土地の賃貸借契約の更新その他契約条項の変更の申入れを受けた場合は,信託監督人Yの同意を得なければ,Dはその申入れを承諾することができない。
・ 信託管理人には,1か月金○円の報酬を支払う。
・ 信託期間を共有土地の売却手続完了までとする。
・ 残余財産の帰属先をDとEとする(持分は各2分の1ずつ)。
<信託契約後の手続>
・ Dは,Aの土地の共有持分につき,自らを受託者とし,信託を原因とする所有権移転及び信託の登記を申請する。
・ Dは,「委託者A受託者D信託口」名義の口座を開設して,大手ショッピングセンターには,こちらの口座へ地代を振り込んでもらうよう依頼する。

信託契約日以降は,信託が開始されますので,Dは受託者として,信託財産である土地の持分の管理を行うことになります。信託財産は土地(の持分)であり,大手ショッピングセンターに賃貸しているので,管理といっても,当面の間は,固定資産税の納付,地代の入金確認,地代の受託者Aへの送金程度の事務であり,法律に明るくないDでも負担にならない程度のものです。また,Aが今後より高齢になり,認知症等によって判断能力が不十分となっても,Dは信託監督人Yの監督のもので,受託者として信託契約の内容にしたがって事務を行うことができるというメリットもあります。
さらに,信託期間終了までの間に他の共有者から共有物の分割の提案があった場合は,信託監督人Yの同意を得なければ,Dはその提案を承諾することができない旨の定め,すなわち,共有物の分割に際して法律専門職(信託監督人である司法書士)の関与が必要とされています。この定めがあるおかげで,Dだけが丸腰で共有物の分割の協議の場に臨み,自らの判断だけで共有物の分割をしなくて済みます(注4)。したがって,Dがしたたかな2人の甥F・Gの強気に押されて,一方的に不利な条件で共有物の分割をしなければならないという最悪な状況は回避できます。
加えて,Dが大手ショッピングセンターから地代の減額等の賃貸借契約の変更または更新等の申入れを受けた場合においても,信託監督人Yの同意を得なければ,Dはその申入れを承諾することができない旨の定め,すなわち,賃貸借契約の変更または更新等に際して法律専門職(信託監督人である司法書士)の関与が必要とされています。この定めがあるおかげで,Dだけが丸腰で地代の減額等の賃貸借契約の変更または更新等の交渉の場に臨み,自らの判断だけで契約を締結しなくて済みます(注5)。したがって,Dが大手ショッピングセンターの担当社員の強気に押されて,不利な条件で賃貸借契約の変更または更新等をさせられるという最悪な状況は回避できます。
加えて,信託監督人Yが選任されておりますので,Dの受託者としての行為が信託の目的・契約に従ったものであるか,常に監視の目が届くようになっています。
このような信託契約を締結することにより,土地の共有持分を有するAの将来的な不安は除去され,Aの希望は実現することが可能になりましょう。

(注1)贈与税の課税回避のため,第1受益者はA自身としています。本設例は,当初は委託者が自らを受益者として信託契約の効力を発生させた上で,委託者が死亡した時に,指定した者(相続人)に,信託の受益権を承継させる仕組みという点から,一種の「遺言代用信託」であるいえます。
(注2)受益者と受託者が同じ人物である場合,すなわち,受託者が受益権の全部を固有財産で有する状態が1年間継続すると,信託は強制終了となります(信託法163条2号)。ただし,受託者が複数の受益者の1人となることはこれに該当せず,信託の終了事由にはあたらないものと解されています(信託法8条参照)。
(注3)賃貸中の土地を信託財産とした場合であっても,受託者は賃借人とあらためて賃貸借契約を締結し直す必要はありません。賃貸人が受託者に対して賃貸中の土地を信託すると,その土地の所有権(本事例では共有持分。以下同じ。)は受託者に移転します。この所有権の移転と同時に賃貸借契約における賃貸人の地位は,当然に受託者へ移転するからです。なお,信託財産となり得る財産は,法律上の制限がありません。財産的な価値(積極財産)のあるものであれば,理論上すべて信託財産とすることができます。したがって,土地の持分を信託することもできます。
(注4)共有者には,共有状態を解消する権利が認められていますので(民法256条1項),共有物の分割について共有者間に協議が調わない場合は,共有物の分割を裁判所に請求される可能性はあります(民法258条1項)。そして,裁判によって,①現物分割,②競売,③価格賠償による分割(1人が所有者となる代わりに,他の共有者には金銭が支払われる)のいずれかの判断がなされることになります(原則は,①の現物分割です。)。いずれにしても,裁判所が関与することになるので,公平の観点から,特段の事情等がない限り, ある共有者だけが極端に不利益を被るというおそれは少ないといえるでしょう。また,信託監督人が選任されていますので,信託監督人は,受託者が他の共有者からの共有物分割案を承諾するにあたって,職務上の義務として,その共有物分割案の公平・妥当性(主として分割後の土地の評価額が他の土地の評価額と大きく異ならないかなど)とを十分検討した上で,同意をすることになります。
(注5)(注4)と同様に,信託監督人は,受託者が賃借人からの賃貸借契約の変更または更新等の申入れを承諾するにあたって,職務上の義務として,その賃貸借契約の変更または更新等の公平・妥当性(例えば,地代の決定にあたって,近隣相場との比較や地代の額と支払うべき固定資産税額等とのバランスを勘案することなど)を十分検討した上で,同意をすることになります。なお,いうまでもありませんが,土地の共有持分に賃借権を設定することはできませんので,賃借人との変更・更新の契約は,受託者と他の共有者の全員で行うことになります。

 

 

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