【宅建士】
霞が関ビルと宅建試験


皆さんこんにちは。山口です。
さて突然ですが、宅建士試験においては、以下のように、建物に関する数字や専門用語がよく問われます。

・特定街区については、都市計画に、建築物の容積率並びに建築物の高さの最高限度及び壁面の位置の制限を定めるものとされている。(〇:令和元年-問15)
・建築物の高さ31m以下の部分にある全ての階には、非常用の進入口を設けなければならない。(×:平成30年-問18) ・高さ30mの建築物には、原則として非常用の昇降機を設けなければならない。(×:平成28年-問18)
・耐震構造は、建物の柱、はり、耐震壁などで剛性を高め、地震に対して十分耐えられるようにした構造である。(〇:平成25年-問50)
・鉄筋コンクリート構造は、耐火性、耐久性があり、耐震性、耐風性にも優れた構造である。(〇:平成29年-問50)
・鉄骨造は、自重が大きく、靱性が小さいことから、大空間の建築や高層建築にはあまり使用されない。(×:平成28年-問50)
・鉄骨鉄筋コンクリート構造は、鉄筋コンクリート構造よりさらに優れた強度、じん性があり高層建築物に用いられる。(〇:平成21年-問50)

このような数字や専門用語については、理解しにくいとか、建築の専門家になるわけでないのに何で覚える必要があるの?と疑問に感じることもあるかと思いますが、具体例に関連づけると記憶に残りますので、点数が取りやすいです。 ここでは「霞が関ビル」を例にとって考えてみましょう。

霞が関ビルは、1968年に日本初の超高層ビルとして完成し、高さ147m、地上36階建てです。設計当時の建築基準法においては、31mという高さ制限(百尺規制)があったため、当初は9階建ての計画でした。関東大震災の後に強化された市街地建築物法では、高い建物は倒壊のリスクが高いとの考えから、建物の高さは100尺(31m)以下と定められており、その高さ制限は1950年に制定された建築基準法に引き継がれていました。
その後、1963年の建築基準法の一部改正で31mの高さ制限が撤廃され、さらに1964年には霞が関三丁目地区が特定街区に指定されました。
これにより、高さ147m・地上36階・地下3階・敷地面積16,300㎡・延床面積約153,200㎡という超高層ビルへと計画が変更されたという経緯があります。
この超高層ビルを実現するため、基礎と低層部分は鉄筋コンクリート造、地下1階から地上2階までは鉄骨鉄筋コンクリート造、3階より上層は鉄骨造という構造になっています。

霞が関ビルよりも前に建てられた日本のビルは、地震に強い鉄筋コンクリートの柱と鉄筋コンクリートの壁をもつ「剛構造」で建てられることが一般的でした。剛構造のビルは、階を高くすればするほどコンクリートの重さが増加するため、地震の多い日本では、10階建て以上のビルは建設できないと考えられてきました。そこで、霞が関ビルには、従来の「堅固な箱」のような剛構造に代わり、「風にしなる柳のように地震の揺れを受け流す」ように鋼材を組み上げた柔構造による設計を採用しました。柔構造にあたっては、「断面効率」すなわち重量当たりの曲げ剛性や曲げ強度に優れる「大型H型鋼」が使用されました。
また、ビルの床面積を広くしてフロア空間を広げようとすると、建物の重さを支える太い柱が多く必要になります。しかし、太い柱が多いと柱がジャマになって空間を広くした意味がありませんので、柱をなくすために重さを「はり(梁)」で支えることにしました。ところが、柱と柱の距離が長くなればなるほど、はりを太くする必要があります。
そうすると、はりが重くなるので建物に負荷がかかりますし、かえって太いはりが目立って空間を広くした意味がなくなります。そこで、大空間を確保するために、はりの強度と軽量化に配慮し、大型H型鋼を用いたはりに六角形の穴を開けることにしました。大型H型鋼を用いる工法は、現在でも使われています。

いかがですか?冒頭に示した問題文は、まさに霞が関ビルの解説文のような感じですよね。こうした建物の理解は得点に直結しますし、お客さんにわかりやすく重要事項を説明する際にも必要と思われますので、興味のあるビルなどがあった場合には積極的に調べてみましょう!