知っ得!身近な法律Q&A
並行輸入品売買でのトラブル(後編)
弁理士編①
A.回答の続き
6.日本国内でのやり取りも、国をまたがった譲渡も同じように考えて大丈夫かな?
うーん。それがそうはいかないんですよねー。
- 「① 特許権者は、特許製品を譲渡した地の所在する国において、必ずしもわが国において有する特許権と同一の発明についての対応特許権を有するとは限らないからである。
- ② また、対応特許権を有する場合であっても、わが国において有する特許権と譲渡地の所在する国において有する対応特許権とは別個の権利である。そのため、特許権者が対応特許権に係る製品につきわが国において特許権に基づく権利を行使したとしても(100条、民709条等)、直ちに二重の利得を得たものということはできないからである。」
つまり、甲さんはフランスと日本に特許権を持っていますが、フランスの特許権と日本の特許権は、扱っている国が異なれば全く同じ手続きで特許権を取得したわけではないですよね。だから、フランスの特許権と日本の特許権は対応特許権とは限らないし、たとえ対応していても別個の権利です。
ということは、甲が譲渡の都度権利行使をしても、日本国内でのやり取りと同様二重の利得を得たものということはできない。ということなんです。
つまり、国をまたがってしまった場合は、日本国内でのやりとりと同様に、甲の特許権は消尽しない。したがって、乙が「P美容液」を第三者に譲渡したら甲の特許権侵害となり、甲は権利行使をできてしまうってことになりますね?
7.日本での「真正商品の並行輸入」の解釈
このご時世、国際経済取引なんてお手軽に当然になされています。乙さんみたいな並行輸入をしている人なんて世の中にいっぱいいるのです。
それなのに、乙さんみたい人をイチイチ取り締まって、「特許権侵害」ということで損害賠償請求などの権利行使をしていたら、商品の自由な国際流通が確保できなくなってしまいます。
そこでわが国では、並行輸入については、上記の判例(「BBS事件」)で以下の解釈をとり、条件つきで特許権者は権利行使できるようにしています。
「特許権者が留保を付さないまま特許製品を国外において譲渡した場合には、譲受人及びその後の転得者に対して、わが国において譲渡人の有する特許権の制限を受けないで当該製品を支配する権利を黙示的に授与したものと解すべきであり、わが国において特許権を行使することは許されないものと解するのが、相当である。」
つまり、甲さんが留保を付さないならP美容液を支配する権利を黙示的に授与したものとして、権利行使できないとしています。
逆にいうと、留保を付せば、権利行使できる。ということになります。
では「留保」とは具体的になんなのか?
判例では以下の条件を満たすこととしています。
つまり、甲さんと乙さんの例で説明すると、
- ① 甲さんが乙さんに「P美容液」を渡すときに、「日本は販売先ないし使用地域から外してね」と伝え、乙さんはそのことに合意し、
- ② 乙さんはネットで販売するときに「甲さんとの合意した内容」についてネットで購入したお客さんにも合意してもらい、更にそのことを「P美容液」に表示した。
この2つの条件が本件での「留保」となります。
つまり、①と②のことを、甲さんから乙さんに「P美容液」を譲渡する際にキチンと伝えておけば、甲さんは損害賠償金500万円の支払いを請求することができたのです。
甲さんはきっぱりと「「P美容液」が日本に入ってくるのはイヤ」と言っているのに、乙さんが日本でネット販売していることになるからです。
この場合は、甲さんは「留保を付している」ことになるので、「P美容液を支配する権利を黙示的に授与」していませんよね。
8.結局乙さんはどうなっちゃうの?
では、本件が最終的にどんな結論になるか、まとめてみましょう。
この事案では、甲さんは特許権者でありながら、フランスにゆったり住み、化粧品の商品開発に明け暮れ、日本の法律や判例等など日に日に疎くなり、この解釈をすっかり忘れてしまっていました。
だから、乙さんに何も告げることなく、「P美容液」を渡してしまいました。
つまり、甲さんは、日本に「P美容液」が入ってきたらイヤ。という明確な意思表示をしていなかったのです。そうすると、残念ながら甲さんは乙さんのせいで売上げが減少したとしても乙さんに損害賠償を請求できないのです。
一方、乙さんは、めでたく損害賠償額500万円を支払わなくでも大丈夫。ということになります。