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カフェTACの事件簿(前編)

弁理士編②

Q.問題

私(乙)は、兼ねてからの夢だった手作りケーキやパン、ワンプレートランチや挽きたてコーヒーなどを提供するカフェをオープンしました。
カフェの名前は「カフェTAC」です。
オープン記念に、カフェで提供する手作りクッキーを無料で配布しました。
クッキーの包装には「TAC」というマークを付していました。
ところが、指定商品「クッキー」について、商標「TAC」という商標権を有する甲さんから、甲さんの商標権侵害として、カフェの営業停止「差止め請求」及び500万円賠償金の支払い「損害賠償請求」をされてしまいました。

私は、甲さんの要求をすべて受け入れなくてはいけないのでしょうか?

今回の回答者

齋藤 晶子(さいとう あきこ)

大学院修士課程終了後、製菓会社の研究所で商品開発に従事。
その後、知財に興味を持ち、特許事務所に転職。2012年弁理士試験合格。
2013年弁理士登録。同年よりTAC弁理士講座専任講師として教壇に立つ。

A.回答

皆様、こんにちは。TAC弁理士講座担当の齋藤晶子です。どうぞよろしくお願いします。
今回の乙さんのお悩みでは確かに、形式的には甲さんの商標権侵害になってしまう感じですが、本当に乙さんは、そんなに罪深いことをしていると言えるのでしょうか?という点をお話します。
この事案では、以下のことが問題になります。

  • 商標法上の商品等、商標及び使用とはそもそも何なのか
  • 無償で広告用に配布する、いわゆる『ノベルティ商品』である場合の商標権侵害

では、詳細をみていきましょう。

1.商標権者「甲さん」はどんな権利を持っているの?

商標法には以下のように規定しています。

  • 商標権者は、指定商品又は指定役務について登録商標の使用をする権利を専有する(商標法25条)。

この事例では、甲さんは、指定商品である「クッキー」について、登録商標「TAC」についての使用を一人占めできます。
そして、もし甲さん以外の人が指定商品「クッキー」について「TAC」を使用したら止めて欲しいと言えるし(差止請求権行使(商36条)、さらに損害賠償請求(民709条)もできます。
逆に、指定していなかった商品について、登録商標「TAC」の使用については、甲さんは専有していないので、第三者が使用しても全く問題ありません。

2.そもそも商標法上の「商品」って何?

甲さんは、商標権者なので「指定商品」について登録商標を使用できる?って、あったけど、「商品」ってもしかして、何か定義とかってあるの?ということを疑問に思われるかと思います。

はい。商標法では

  • 『商品』とは、商取引の目的たり得べき物、特に動産(工業所有権法逐条解説)

としています。

「動産」だから、「建物」とかの不動産はだめですよね。「商取引の目的たり得べき物」なので、お金を払ったりすることで取引でき、その商品を譲渡したらそれに対して直接対価が支払われるものです。
お店で売っているお菓子とかは、お菓子が欲しいなら、そのお菓子を譲渡してもらうために対価、つまり「お金」を支払って手に入れますよね。だから、このお菓子は「商品」です。

3.ついでに、商標法上の「役務」って何?

商25条の板書に、ちょっと見慣れない言葉「役務」ってありましたよね。
「役務」って言うのは、ざっくりいうと「サービス」です。

商標法では

  • 『役務』とは、他人のために行う労務又は便益であって、独立して商取引の目的たり得べきもの(工業所有権法逐条解説)

としています。

例えば、レストランの店員さんが、レストランで食事をお客様に提供することとか、宅配便のサービスの会社などの社員がお客様に荷物を配送すること、などです。乙さんのような「カフェTAC」で食事を提供することも「役務」ですよね。
ただ、「他人のために」っていうところがポイントで、例えば宅配サービスでも、家電量販店で家電製品を購入し、ついでに宅配してくれるサービスは、自社商品購入者限定サービスなので、商標法上の「役務」にはならないのです。

4.商標法上の「商標」って何?

商標とは、マークであればなんでもかんでも「商標」といえるのではありませんよ。
商標法2条1項各号に規定されていて、

商標とは、「標章」であって、

  • 業として商品を生産し、証明し、又は譲渡する者がその商品について使用をするもの
  • 業として役務を提供し、又は証明する者がその役務について使用をするもの

更に、

  • 『標章』とは、人の知覚によって認識することができるもののうち、文字、図形、記号、立体的形状若しくは色彩又はこれらの結合、音その他政令で定めるもの

つまり、一般的にマークといわれるものは正確には「標章」なんです。
「TAC」という文字でも、「貝の形」のような図形でも、お人形のような「立体的形状」なんかもそうです。
そして、「商標」というのは、「標章」の中でも、例えば商品に付す場合であれば、「業として」商品を生産等する人がその商品に使用するものです。

ここで、

  • 『業として』というのは、広く事業としてという意味であり、個人的、家庭的なものは除外される(特許法概説)

ということは、
「商標」というのはマークならなんでも該当するのではなく、「事業として」使用するマークでないと「商標」ではないのです。だから、自分で使うために趣味でマークをつけて遊んでいたとして、そのマークは「商標」ではなく「標章」です。

さて、次は「使用」が問題になります。後編で詳しく見ていきましょう

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